すべてが始まる夜に
「えっ?」

「携帯、忘れてるだろ。テーブルの上に置いてあるぞ」

そうだ、携帯をすっかり忘れていた!
っていうか、部長に言われるまで全く気付かなかったけど……。

おじゃまします──と靴を脱いで部屋の中に入ると、全てのカーテンが開けられ、部屋の中には太陽の光が燦々と降り注いでいた。

「うわぁ、10階だとこんなに日当たりいいんだ!」

昨日この部屋に入った時は夜だったので『広い』ということしか気づかなかったけど、自分の部屋とのあまりの違いに思わず声を出してしまう。

「白石の部屋は日当たり悪いのか?」

「そんなことないんですけど、やっぱり3階なのでここまで日当たりよくありません。それにこんなに広くないですし。私の部屋ってこの部屋のキッチンくらいの広さしかないですよ」

あははっと笑いながら部長に視線を向けると、「はぁ? 部屋がキッチンの大きさ? いくらなんでもそれは大げさすぎるだろ」と部長が笑い始めた。

「ほんとですって。きっと私の部屋を見たら部長びっくりしますから」

「そうかそうか。そりゃあキッチンの大きさだとびっくりするだろうな」

部長はほんとに私が大げさに言っていると思っているのか、笑ったまま全く信じていないようだ。

ほんとに私の部屋の大きさを見たらびっくりするんだから!

「白石、ところでこの鍋はどっちが俺のだ?」

部長がトレイをダイニングテーブルの上に置いて鍋を指さしている。私は部長の言っている意味が分からず、どっちが俺? と首を傾げて聞き返した。

部長が私を見つめたまま一瞬止まる。
「部長?」と声をかけると、「ああ悪い」と部長は無理やり口元を緩めた。
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