あなたの隣を独り占めしたい(続編まで完結)

 真っ赤になりながら棒立ちになっていると、やがてゆるりと彼の腕から解放された。
 そろりと顔を上げると、佐伯さんは見たこともないような艶っぽい視線を向けている。

(全身がむずむずする……何もされてないのに体から力が抜けていくみたい……)

 視線を逸らせずに固まっていると、佐伯さんが顔を近づけてクスリと笑った。

「キス、欲しかったら言ってね?」
「へ?」
「告白は俺からしたし……今度は槙野から聞きたいから。俺にどうして欲しいか」
「ど、どう……って」
「言えるようになったらでいいよ」

 真っ赤になったまま答えきれずにいると、佐伯さんは髪を掻き上げながら日の暮れていく海へ視線を向けた。

「もう夕方だ。ぼちぼち中華街の方に行こうか」
「そ、そうですね」

(今、キスしてって言ったら……してくれたのかな)

 それにしては空気があっさり変わりすぎて、もう今からキスをせがむなんでできそうもない。

(この人、やっぱり掴みどころのない人だな。好きだって言われてても……いつかふっと消えてしまいそうな。そんな危うさを感じる)

 ずっと心地よさと安心の中にいたけれど、この時初めて胸の奥にきゅっと締め付けられる痛みが生まれていた。

***

 他の料理が食べられなくなるからと、肉まんはお土産として別個に買い、佐伯さんお勧めの中華料理店に入った。
 そんなに広くはないけれど、席は埋まっていて皆美味しそうに箸をすすめている。厨房からの音や香りからも、絶対美味しいのがわかるお店だ。
 案内された二階の席につき、ほっと息をつく。

「いいお店ですね」
「気に入ってくれたならよかった」
「はい、気に入りました」

 店内に飾られた中華風の絵や人形が目にも楽しい。
 佐伯さんはテーブルに置いてあったメニューを開くと、私に向けてくれる。

「俺のオススメはあるけど、槙野が食べたいものがあったら言って」
「あ、ええと……」

 たくさんのメニューが並んでいて、どれを選んでいいのかまるっきりわからない。

「佐伯さんが選んでくださると助かります」
「そう? じゃあ適当に頼むね。あ、あと俺は車だから飲めないけど、アルコールもどう」
「えっ、私だけ飲むなんて悪いです」

 慌てて首を振ると、彼は首を傾げる。

「遠慮することないよ。ここの紹興酒すごく美味しいし、試してみて欲しいな」
「そ……う、ですか?」

 圭吾は私だけお酒を飲むなんて言ったら、途端に不機嫌になって店を出て行ってしまうタイプだった。
 だから、普通にお酒を勧めてくれるのが驚きでしかない。

「じゃ、じゃあ一杯だけ」
「うん、そうしよう」

 満足そうにそう言うと、佐伯さんは慣れた感じで店員さんにいくつかの料理を注文した。

(参った……想像以上に楽しい。たった一回のデートでこんなに心を奪われるとは思わなかった)

 佐伯さんの魅力を甘く見ていた。
 これだけエスコートが上手で、見た目も素敵で、女性の肌に触れるのも慣れていて……私一人で満足するタイプには見えない。

(以前も同じように思ったのに。結局、あの時よりもっと気持ちが持っていかれてる)

 気づかないようにしていた胸の痛みは少しずつ大きくなっていて、別れ際にはどうなっているんだろうと不安になるほどだった。

 心ゆくまで美味しい中華を堪能し、私たちは再び駐車場へと戻った。もうすっかり夜は更けて、アパートまで送ってもらったらデートは終了だ。

(あっという間だったな)

「今日は楽しかったです。ありがとうございました」

 心からのお礼を伝えると、佐伯さんは車のロックを外しながら言う。

「まだだよ」
「えっ」
「まだ君を送り届けてないし。こんな楽しいデートをそんなあっさり終わらせないで」
「……はい」

 寂しげな声色が、私を勘違いさせそうになる。

(佐伯さんも少しは寂しいとか思ってくれてるのかな。そうだったら……嬉しい)
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