極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
 まだぺったりとした、何の変化もない自分のお腹をゆるゆると擦る。自分では分からないし実感だって全然ないけれど、ここには既に新しい命が宿っているのだろう。一度芽吹いたものを摘み取る勇気が、私みたいな臆病者にあるはずもない。好きな人の子どもならば、尚更。
 でも、城阪社長にはとてもじゃないけれど本当のことは言えない。言えるはずもない。産むとしたら、彼に頼ることなく一人で産んで育てなければいけないのだ。
「……」
 実家だって、私の場合は頼れない。あの家はとっくに、私にとっての『家』ではなくなってしまっている。だから正真正銘、私は『独り』だ。
 お腹が膨らめば、今まで通りに仕事をすることも難しくなるだろう。それに、城阪社長の傍にいれば万が一ということもあるし、そもそも素知らぬ顔で彼に産休を申請するなんて、どう考えたって無理だ。今の仕事は辞めるしかない。でも、お金は必要で、――――
 拳を握り締めたせいで、お腹の辺りの服がくしゃりと皺を作る。ずきずきと痛む胸に溜まった酸素を吐き出し、私はソファーに倒れ込んだ。
 ずっと秘書として支えていられさえすれば、それでよかったはずなのに、――――どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 母親になる覚悟も何もないまま、こんな大事なことを決めてしまっていいのかは分からない。それでも、私の中に生まれてくれたこの命の灯を消すことも、城阪社長に迷惑をかけることも、どちらも選べないのだと思った。
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