極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
「ん……乾いたな。このまま梳かすから動くなよ」
「はい……」
 それにやっぱり、こうやってドライヤーや髪のケアまでしてもらうのは、少し甘やかされ過ぎな気がするのだ。
 自宅から持ってきた少し硬めのブラシで梳かされているのに、撫でられているようにしか感じないのは、景光さんの手つきがどこまでも甘やかだからだろう。『可愛がられている』とこちらに自覚させるような、そんな慈愛に満ちた触れ方が、どうしようもなく心臓を疼かせた。
「……よし、終わりだ。寝室に行こう」
「お仕事はいいんですか?」
「ああ。君が風呂に入ってる間に終わらせた」
 ブラシを置いた景光さんが、私の手を取って立ち上がる。身体を気遣ってか、その動きはひどくゆっくりで、こんなところでまで『可愛がられている』感覚を味わって苦しくなる。
 この一週間、私の心臓はずっとこんな感じだ。
「靴下は?」
「もう履きました」
「俺が履かせるって言ったのに」
 景光さんが、くつりと喉奥だけで笑う。大抵のことには戸惑いつつも大人しくしている私が、靴下を履かされるのだけはいつまでも恥ずかしがって、抵抗するのが面白いのだろう。こちらを見下ろすその目には、どこか悪戯めいた光が滲んでいた。
 やがて寝室のベッドに到着すると、彼はお腹に気を付けながら横になる私をしっかりと支えて、助けてくれた。
「ゆっくりでいいぞ」
「はい……」
 住み込みが始まってから、私は景光さんと同じベッドで寝ている。これには『私の分のベッドを入れるスペースを作るためには模様替えが必要』とか『腰や身体への負担を考えるとこのベッドが一番』とか『そもそも一ヶ月だけなら諦めて一緒に寝た方が効率的』とか、色んな理由があるのだ。決して、私がいつものように景光さんに押し負けたわけではない。
 一週間経っても慣れない香りにそわそわとしながら、私は彼の方を向いた体勢でお腹をゆっくりと撫でる。ここ一ヶ月ぐらいはたまに胎動も感じられるようになってきて、ここに自分の子どもがいるのだという実感が強くなってきた。
 あと三ヶ月もすれば、この子に会える。私たち家族の先行きはひどく不透明で、もちろん不安もあるけれど、今はただこの子と対面する日が楽しみで仕方がなかった。
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