10秒先の狂恋 ~堅物脳外科医と偽りの新婚生活~

 いろいろ思い悩んでいる時に、大和が大学病院を出ることを決めた。実家である成井総合病院に移ると言っていた。

「もったいない。大学病院で研究だけでも続けたらどうかな」
「いえ、実家の病院で地元の患者と症例にひとつでも多く当たりたいので」

 教授から何度と繰り返される『もったいない』という言葉を全く気にする様子もなく、大和は前だけを向いていた。
 確かに自分も『もったいない』と、そう思った。研究をもっと続けて、学会で有名になって、実家の病院を継ぐこと自体は、もっと遅いタイミングでもよかっただろうと思ったからだ。

 ただ、大和がそこまでしてこのタイミングで成井総合病院に戻ろうとしていた理由に一つだけ小さな心当たりがあった。

「もしかして果歩ちゃんと関係してる?」
「まさか」

 いつからか全然笑わなくなった大和は、いつも通り憮然とした表情でそう言ったけど、僕はなんとなくきっとそうなんだろうと思っていた。
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