白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

17. 裏切りと約束

「お嬢様違うのです、私は」

 アイリは蒼白な顔で何度もかぶりを振る。

 もちろんアイリのことは信じているし信じたい。けれど、この状況で信じるにはあまりにも情報が足りなかった。

 何か事情があるなら話して欲しい。でも今のロゼリエッタに、そんな時間は与えられないだろう。

「おやおや、従順であるべき侍女に裏切られたということですか。お可哀想に」

 中を窺う体勢に疲れたらしい。衛兵は扉に身体をもたせかけながら楽しそうに笑った。


 仮面を被った彼の素性を知るべくもない。

 でも声と話し方から察するにロゼリエッタと十歳も離れていないような気がした。

 ならば手荒な手段を取ることに躊躇(ためら)いがあるかもしれない。そんな予測と言うよりは期待が産まれはじめて来る。


 けれどロゼリエッタの心を読んだかのように、衛兵は視線が重なると冷ややかに目を細めた。

「抵抗なさるのなら今ここで、お二人共不慮の事故として処理させていただくのみです。たとえば――」

 そこで一度言葉を切り、ひどく下卑た笑みを浮かべる。あまりにも自然な表情は世間知らずのお嬢様であるロゼリエッタに、それこそが彼の本性なのだと思わせるには十分なものだった。

「婚約を一方的に解消された哀れなご令嬢は、王女殿下を人知れず逆恨みしていたようです。彼女だけを幸せにさせるものかと、その婚約者たる隣国の王太子殿下を暗殺しようとするも失敗して逃走を図りました。けれど」

 両肘を曲げ、天に許しを乞うように掌を上へと向ける。芝居がかった大仰な仕草でなおも続けた。

「ロゼリエッタ嬢は非常に儚げで美しいお方ですから、道中で下衆な暴漢どもに手籠めにされかけたところを最期は侍女共々、誇り高く自ら命を絶たれてしまったのでしょう。私が見つけた時は、すでにこと切れた無残なお姿に――。些か陳腐ではありますが、このような筋書きでいかがでしょうか」
「おやめ下さい……っ!」

 心ない言葉に耐えかねたのか。

 アイリが馬車から飛び出し、衛兵に取り縋った。

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