白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

22. 秘密の客人

「わざわざ足を運ばせて申し訳ありません。どうぞ、そちらの椅子に腰をかけて下さい」

「いや、こうして人目を避けて行動するのも間諜になったようで悪くはないな」

 書斎に通された男はシェイドの言葉を受けて子供のように笑い、右肩で留めたマントの留め具を外した。目深に被った、至って地味な深緑のフードを脱げばマーガスの顔が現れる。

 質の良い生地で仕立てられた厚手のマントは、この時期には(いささ)か適さなかったようだ。冷ややかな印象を与える顔も今だけは頬を紅潮させ、額にはうっすらと汗を滲ませていた。


 マーガスは筒状に丸めた紙を内ポケットから取り出すとマントを脱いだ。さすがに開放感が勝ったらしい。肩を大きく回した。ひとしきり動かした後、客用のゆったりとした椅子の背にマントをかけて腰を下ろす。手布で汗を拭い、珍しく安堵の息までついた。

「顔を隠した状態とは言え護衛の一人もお連れしないとは、よくレミリア殿下の許可が下りましたね」

「君がついてないなら誰をつけても一緒だよ。それに王族用の抜け道の所在をそのレミリアに聞いている。いざとなれば一人の方が小回りも効く。もっとも、目を欺きたいのはこの城で真面目に働く衛兵ではなく、この国に籍を置きながら我が国の王位転覆に手を貸す貴族だがな」

「確かにそうですね」

 シェイドは頷き、正面の椅子に座った。

 間に置かれたテーブルにマーガスが紙の束を置き、シェイドの方へ滑らせる。これこそがマーガスが厚いマントを羽織って身なりを偽ってまで、ここへ足を運んだ理由だ。


 紙を留める紐を(ほど)き、文字の向きを確認して広げながらシェイドが読もうとしたその時。

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