白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

25. 小さな亀裂

 太陽が西の空に沈んで間もない、影がほのかな宵闇に包まれる時間にダヴィッドは帰ることになった。


 もう少し早い時間か、あるいは逆にもう少し遅い時間の方がしっかりとした灯りがあって良いのではないかと思う。けれどダヴィッドいわく、人目を避けるには都合が良い明るさらしい。

 それはつまり後ろ暗い目的を持ち、人目につきたくない側にも都合が良いということだ。


 玄関まで見送りに来たロゼリエッタが心配の目を向けると、ダヴィッドは小さな頭に手を乗せた。何度かそっと撫でた後、手を離して微笑む。

「ちゃんとシェイド様の手配で護衛をつけてもらっているから心配ないよ。それにここは、」

「ここは?」

「いや――。本当に元気そうで安心したよ。次に会えるのは君が領地に着いてからかな」

 あきらかに何かを誤魔化した様子で話を切り替える。所在地をロゼリエッタが知ったところで何の行動も起こせないのに、そんなに知られては困るらしい。

「本当に……じれったいね」

 そう言ってダヴィッドは肩をすくませる。

 何に向けられた言葉だろう。ロゼリエッタは首を傾げた。ダヴィッドは彼女の疑問には触れず、その左斜め後ろに無言で立つシェイドに軽く一瞥をくわえた後で口を開く。

「じゃあロゼ、またね」

「私も、またお手紙を書きますね」

「楽しみにしてる」

 緩いハグをしながらお互いの頬を合わせ、別れの挨拶をする。普段はここまでしないのにそうするのは、やはりしばらくの間は気安く会えなくなるからだろうか。ならば先程の「じれったい」という言葉にも納得が行く。

 そう思うとたちまち寂しさが込み上げて来た。ダヴィッドの上着の裾を掴もうと右手を伸ばしかけ、自らの行動に気がついてやめる。

「ロゼリエッタを、よろしくお願いします」

 最後にシェイドへ向けて頭を下げ、ダヴィッドは家路について行った。



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