白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
「ロゼリエッタ嬢?」

 シェイドに名を呼ばれ、いつの間にか足を止めて尖塔をじっと見つめていたことに気がつく。


 ロゼリエッタはどう振る舞えば良いのだろう。


 何も気がついていない子供のふりをしたら、少なくとも今日一日の幸せな時間は守られるに違いない。

 真実を問い質すことは後でもできる。でもシェイドと穏やかに過ごせる機会はもうない。ロゼリエッタは「何でもありません」と、ただ笑顔で振り返ればいいのだ。


 そうしたら、この暮らしがいつまで続くかは分からないけれど、シェイドだってきっとまた笑いかけてくれる。一週間後もここにいられるのなら、一緒に庭の散策も出来るかもしれない。


 決してもう二度と得られないものを得られるのだ。


 何を、迷うことが。

(クロード様……私)

 ロゼリエッタは目を閉じた。


 本当なら、ロゼリエッタの手の中に残っているはずのない時間だ。

 ロゼリエッタの時間はクロードに別れを告げられた、あの日に止まった。目の前にいるのはクロードであっても、ロゼリエッタの知るクロードじゃない。最後に優しい思い出をほんの少し与えてくれているだけに過ぎないのだ。


 それでもロゼリエッタは欲張りになってしまう。


 名前なんてどちらでもいい。

 髪の色なんて、もっとどちらでもいい。


 笑いかけて欲しい。

 優しくして欲しい。

 一緒にいて欲しい。


 明日も。明後日も。一週間後も。一か月後も。三か月後も。半年後も。一年後も。三年後も。五年後も。十年後も。ずっと、ずっと――。

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