sugar spot
"…なんか言えよ。"
また瞳に水の膜が張って、もう直ぐに弾けてしまいそうな中で、必死にその気配がバレないように声を殺していたら、不機嫌な声がまた、スマホから聞こえてくる。
流石にずっと沈黙でも居られない。
「……化粧、崩れた。」
どうしてくれるの。
ズ、と鼻をすする音と、震える声での文句によって、結局私の苦労は台無しだ。
でも告げた瞬間、ふと珍しく笑う息遣いが届いて目を瞬いていたら、男の言葉が続いた。
”酒が飲めなくて、失敗も抜けてるとこも多くて、
大体が馬鹿。"
「喧嘩売ってんの。」
"でも、仕事だって割り切れなくて痛みをちゃんと受け止める厄介さを持ってる。
「恋愛対象になんかならないただの腹立つ同期」のことも結局助けるお前で、正々堂々いけば良いだろ。”
最後、やけに「同期」の前に長い枕詞がついていて引っ掛かる。
「な、なんの話?」
"お前が、前に先輩達と昼飯行った時に、
パスタ食いながら宣言してた。"
『え!!!?梨木ちゃんも同期ラブしたい派!?』
『…ど、同期だけは絶対無いです!!』
嗚呼、そうだ。
古淵さんの勘違い暴走をなんとか食い止めたいと、咄嗟に口を突いて出た言葉だった。
私はあの時、ちひろさんと瀬尾さんが付き合っていると知って、「良いなあ」と漏らしてしまったのだ。
今思えば。
____あれは、紛れもなく、本音だったと思う。
「…そっちだって、
全然気にしてないみたいな顔してた。」
"あの場で、俺が変に反応出来ないだろうが。"
「…そうだけど。
あんたなんでいつも、そんな分かりにくいわけ。」
"何が。"
「足引っ張んなって言われたら、誰でも普通、”俺に迷惑かけんな、関わんな”って言われてるんだって、捉える…っ、」
それが、本当は辛かったし、寂しかった。
また声は明らかに震えたけど、
正直に、やっと言えた。
涙を拭っていると、とても気まずそうに「ごめん」という短い謝罪が鼓膜を揺らして、今度は微かに笑みが漏れる。
この男を前にすると、いつも感情が忙しい。
「良いよ。あんた、私に頼られたいんだもんね。」
"お前こそ喧嘩売ってんのか。"
『俺は、お前に、頼られたい。』
あの展示会で言ってくれた言葉を引用したら、とても不機嫌そうな声にまた変わってしまったけど、それに照れ隠しが混ざっていると分かる。
クスリと笑うと、電話越しの長い溜息の後。
"…俺も、同期は絶対無い、は普通に傷付いたけど。"
「ご、めん。それは考えて無かった。
全然、興味ないと思ってた。」
"お前はなんでそんな鈍いんだよ。"
ずっと向き合うことから逃げて、
壁を作った方が、傷付かなくて済むと思っていた。
そうやって、心の揺れに鈍感な方が
楽だったかもしれないけど。
背中合わせじゃなくて、
ちゃんと、向かい合わせになれたら。
相手の傷にも気づけるし、謝ったり、一緒に治したり、出来るかもしれない。
___前に戻りたいとは、もう思わない。