sugar spot
鼓膜を震わせる声が、どうしたって1番私の心を揺すってくる相手だとすぐに分かった。
分かったけれど、突然のことに身体が上手く反応できない。
残業じゃ、なかったの。
「え!?穂高、お前なんで!?」
私に負けず劣らずの間抜け顔をした長濱が、気持ちを代弁してくれた。
「仕事、終わったから。」
何も躊躇わずに答える、愛想は無い平静な声があまりに近くから聞こえる。
というか、身体が、さっきから異様に熱い。
私の肩を後ろから抱き寄せてきた腕が力強くて、片手なのに簡単に拘束されてしまっている。
自分の身をその胸に預けるしかない中で、自分の動悸の激しさは勿論分かっていたけど、トクトクと、男の心音も感じた。
「お、お疲れ……いやいや!
どういうこと!?
え?お前と梨木!?そういう感じ!?」
"そういう感じ"が何を指すのか、私だってこんな体勢の男女2人を目の前にしたら、同じことを聞いてしまうかもしれない。
どうしよう。
この男は、一体、何を考えているのだろう。
「違う。」
「、」
短い否定はどうしても、あの日を思い出す。
『冷静に考えて、
2人で行くのは、リスクしか無いだろ。』
嫌だ。
誰に、何を、どう言われても。
___私はもう、この男と離れたく無い。
きゅ、とその気持ちだけで男のシャツを微かに握ると、それを察したようなタイミングで、もっと肩を強く抱かれた。
「いや、違うって…、
じゃあ俺が今見てるこの景色は…?」
「マボロシ?」と戸惑う長濱が、目を白黒させている。
「"今は"違う。
でももう俺は、流石にそろそろ、そうなりたい。」
言葉はちゃんと、ずっと聞いていた筈なのに。
頭に取り込んでから、それを理解できるまでは、
それ相応の時間差が生じた。
それから更に、心でもう一度反芻した時には、
視界は既にぼやけていた。