sugar spot
epilogue

_____________

_____



足を、とにかく必死に動かしている。

だけど廊下は走らないが基本だと、スパルタの教育担当に研修の時から教え込まれているから、「歩く」にぎりぎり分類される最高速度で、とにかく私は、必死に歩いている。

すれ違う人と交わす「お疲れ様です」も、高揚からか、変に上擦ってしまった。




「梨木!!」

営業1課の島まで、やっと帰ってきた私を見つけた部長は、名前を大きな声で呼びながら、椅子から既に立ち上がっていた。



「部長、戻りました。

メールでもご報告しましたが、△社の大宮オフィスのリニューアル案件は継続です。
以前予定していた売上よりも全体として下がってはいるのですが、今回、リニューアル後のオフィスアドバイザーフィーをいただけるかもしれません。」


ゆっくり確かめるように、部長の前でそう報告をしたら、前とはボリュームも勢いも異なる「よくやった!」を貰って、思わず破顔した。




_____

敷波さんは、あの打ち合わせから約1週間、とても必死にプレゼン資料の作成に時間を費やしていた。

社内でのことに、ただの担当の私が関われることなんてたかが知れている。

それでもオフィスをリニューアルするにあたって、過去に取り組んだ案件で先方が苦戦していたことや問い合わせが多かったことを先輩から学んで、できる限り情報を共有してきた。

思いつくことはとにかく、どんなに些細なことでも発信した。



そして、その社内プレゼンの日。

勿論私が参加できる筈も無いので、その日は朝からソワソワと心は落ち着かないままに、オフィスで待機をしていたのだけど。


《梨木さん。上長からの許可が出ました。
予算化出来ていなかった部分については一部、見直しの項目もありますが、概ね提案書通りです。

改めて、オフィスリニューアルの件、お願いします。

別注の椅子もまずはテスト用の5脚分、
勝ち取りました。》


そのメールを受信した時、ぼやけていく視界の中で直ぐにスマホを手に取って敷波さんにコールをした。



"梨木さん、速いですね。"

「すいません、ずっと、待機してました。」

反応の速さを言い当てられて、くすりと電話越しに笑われると恥ずかしくもあるけど、やっぱり嬉しさが先に出る。


"課題はまだまだ、もはや案件が再開してからの方がまた出てきそうですが。
とにかくまたスタートに立てました。"

「…はい。お疲れ様でした。」

"色々とご協力頂いてありがとうございました。"

「いえ。さほどお力になれることもなく、すみませんでした。」

それは本当にその通りで、歯痒い気持ちは、この1週間だけで何度も抱えた。


"「お力になれること」は、これからじゃないですか。種まきをするって、梨木さんが言ってくださったんですよ。

それに僕にも、梨木さんにも。
この案件を終えた後、お互いに疲労困憊かもしれないですが、言い合いたいことがありますからね。"


「……、はい。そうでした。」


『梨木さんが僕に"リニューアルして良かったですよね?"って言ってくださる時は。

僕も梨木さんに、"貴女にお願いして良かったです"って、お伝えしたいですね。』


ぼろぼろに疲れた顔をしていても、
最後にそれを言い合うのは、やっぱりとても、良いなって思う。

酷く泣きそうになって、だけど案外、声でそれは伝わってしまうものだからと、必死に笑顔をつくってから頷いた。


"弊社には面倒な部分も多いですが、引き続きよろしくお願いします。"


彼からのその言葉に、丁寧に返事をした。
< 166 / 231 >

この作品をシェア

pagetop