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そして今日、私は改めて敷波さんの元を訪れて、リニューアル案件の再開について、打ち合わせをしてオフィスに戻ってきたところだ。


驚いたのは、その打ち合わせの最後に、今年から本格的にうちのビジネスの一つとなった"オフィスアドバイザー"について、彼から尋ねられたことだった。


元々はデザイン部の瀬尾さんが、香月さんの会社でリニューアル後のオフィス活用について相談を受けたところが始まりだったらしい。

デザイナーだけでは無くて、もっとあらゆる専門的な知識を持った人材を揃えて、今は"オフィスアドバイザー部"という不思議な名前の部まで誕生している。
(大体の人が、他の部と兼任して進めている。)


移転やリニューアルが終わった後も、その取引先と関係を築いてきちんとサポートが出来るように、というのが大元の存在意義だが、時々、案件と並行してアドバイザー社員にも入ってもらうことがある。


「…でも、あの、アドバイザーを依頼するということは、」

こういう時、経験の多い先輩方ならもっとスマートに話が出来るんだろうと思う。

歯切れの悪い私の言葉に優しく微笑んだ敷波さんは、

「大丈夫です。実は今回、働き方改革を恐らく上から打診されている支社長から直々にOKが出ました。
アドバイザーフィー(報酬)は、勿論お支払いします。」

__________



「まだ決定では無いですし、コストカットの分を全て補えるわけではありませんが。」

「それでも。リニューアル後も、うちと関わりを持ちたいと思ってもらえるのは梨木の功績だからな。」


真っ直ぐに再び、「よくやった」と言われて、今度はきちんとそれを私も正面から受け取った。



◻︎


《もうすぐ駅着く》

《東口にいる》


東口、と自分の中で繰り返していると、丁度電車が到着した。ドアが開いた瞬間、私と同じように仕事を終えた人々がどっと勢いよく降りようとするので、その海に見事なまでに飲まれてしまう。


地下の天井から掲げられた案内板ばかり見ている人は、"お上りさん"として揶揄われるらしいけど私はその通りなので、そんなことは気にしていられない。


「…え、東口とは?」

スマホを持って歩いていると、電光掲示板は"〇〇方面改札"や、"出口1"のような私が望んでいるのとは違う情報ばかりを伝えてきてくれていた。

矢印の向きも、どちらに向かって歩けばいいのかとても難解で、滑稽に右往左往してしまう。


あの男と、北千住で待ち合わせをするのは初めてだった。というより私はこの駅に初めて降り立った。

今日は工事中の現場から直帰した奴の方がここに辿り着くのは早くて、東口で、と言われたけど、無事に迷ってしまっている。


《東口なんて無いけど》

《は?あるだろ》


無いってば。

《出口1とかならある。
そっちから出てみても良い?》

《馬鹿、ややこしくなるから出るな》


じゃあどうしろって言うの。
眉がぎゅ、と寄った状態でスマホを見つめていると

《北改札から出たら東口が近い》


改札名で、そんな行間を読むみたいなこともしなければいけないの。
せめて東改札という名前にして欲しい。

都会は厳しいと実感しつつ、了承の返事をして再び歩き出した。
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