sugar spot
部屋に着く前に、スーパーで簡単に買い物をした。
飲料コーナーで、缶ビールを俺がカゴに入れるのをじっと見ていた女にどうしたのかと尋ねたら、やけに真剣な顔を携えて「やっぱり晩酌とか、付き合えた方がいい?」と聞かれた。
その手には、紙パックのリンゴとオレンジのジュースが握られている。ちぐはぐさに思わず笑って否定を表すために、カゴにそれらを入れたことを思い出していると、
「…あ、MC終わる!!曲始まる!」
やけに切迫した声が聞こえてきた。
指定を受けたリンゴの方をグラスに注ぎ終えて、自分の缶ビールと一緒にリビングに戻ると、やはり画面に夢中の女は、
「ジュースありがとう。早く観て。」
と、促してくる。
「俺はもうこのDVD、
通しで10回は観てるけど。」
「私は11回は観てる。」
「何を張り合ってきてんの。」
ソファで隣に座りながら思わず突っ込んでも、
「この曲好きでしょ?」
と楽しそうに聞いてくるこいつは、やはりあまり話を聞いてない。
「好きだけどなんで。」
「メッセージで送ってきてた。」
「ああ。」
俺とこの女は、今日の気分の曲や好きな曲を送り合うだけの、ほとんど一往復で終わるメッセージを何度も交わした。
その中の一曲をいちいち覚えていたのかと驚いていると、
「……あんたがこれ送ってきた日。」
と、急に勢いを失って小さくなった声が聞こえた。
缶ビールを煽りつつ隣を見やると、相変わらず膝を折って座る女が少し俯いている。
「私、敷波さんにオフィスを初めて案内する日で。
このバラードは落ち着くなって思ったら、ちょっと緊張和らいだから、嬉しかったんだよ、」
もう最後の方は、どんどん尻すぼんでいく声のせいで、殆ど聞こえなかった。
こちらを確固たる意思を持っているかのように頑なに見ようとはしない女の、肩に付くくらいの長さの焦茶色の髪の隙間から覗く左耳が赤い。