sugar spot
なんだそれ。
喧しく騒ぎ出す心臓に気付いたら、流石にもう耐えかねた。ほぼ無意識の中で、自分の手をそっと伸ばして女の耳に触れる。
「…、な、に?」
驚くほど身体を反応させて、グラスを両手で握りしめてこちらを見向く女に聞かれても、特に言葉は返さない。
テレビからは、俺とこの女が気に入っているバラードが既に聴こえてきている。
でも多分、今までで1番、音楽が頭に入ってこない。
「リモコン。」
「え?」
「リモコン貸して。」
「…なんで?」
「一旦DVDとめるから。」
女が座っている方に置かれたそれを指差すと、くっきりとした二重の瞼によって形作られた大きな瞳が微かに揺れる。
「……嫌だ。」
「は?」
そう拒否を告げて、慌てた様子でそれを自分の背中とソファの背もたれの間に隠す女の行動に眉が思い切り寄った。
「…音楽に、助けてもらってるから、
消されたら困る。」
「何を。」
缶ビールをローテーブルに置いて、尋ねながら隣で動かない女の顔を覗き込む。
「……だから、ここでも、
緊張を和らげるというか、」
言いながらまた、どんどんボリュームが下がるその声を聞き漏らしたく無い。
痺れを切らして腰を上げた瞬間、ぎ、とソファが鳴いた。そのまま片方の膝をシートについて、片方の手を背もたれに置けば、自ずと距離は縮まる。
それにまたびくりと反応している女と視線がかち合った時、その顔の赤さをまじまじと見つめてしまった。
こいつ、酒飲んでないよな。
「…ちかい。」
掠れた声で睨みながら指摘されても、離れようとは思えない。
「お前、まだ緊張してたわけ?」
「…なんなの?当たり前でしょ。」
「その割には、ライブに没頭してたけど?」
「…だ、だから、没頭して逃げてたんだって。」
なんなんだよ、こいつは。
此処に向かう道中と人が変わったようにDVDに夢中になってたから、こいつの緊張はその程度だと思っていた。
俺がすっぽり上から覆うように近づいているから、女の姿勢はソファの中で少しずつ倒れていく。
その間も、器用に俺が運んできたグラスを両手で握りしめている姿に少しだけ笑った。
「とりあえずそのグラス置けば。」
「…お、置いたらだめな気がする。」
「それ、溢されたら困るんだけど。
このソファそれなりに高い。」
「……リアルな話やめてよ。」
溜息を漏らして、「なんだそういう話か」とほんの少し安堵した様子で姿勢を起こした女が、グラスをローテーブルに置くのを見守る。
リモコンの所在は分からないままだが、もう良いか。
正直、我慢する必要性も、
とっくによく分からない。
再び座り直した女が
「……DVD、巻き戻して」
良い?とこちらへ尋ね切る前には、顎を固定して桜色の小さい唇に自分のものを重ねていた。