sugar spot
◻︎

その抜擢をされた先週末、男の家で一緒にご飯を食べて、DVDを観て、いつものように過ごす時間の穏やかさに安心してしまったのか、私はソファで意識を手放していて。

次に目覚めた時は、丁度男が私を寝室に運んでくれていたところで、視線が合わさると、少しだけ鋭い目元が解れて口端が若干上がった。


「ごめん寝てた…、」

「お前今日、朝から現場で早かったしな。」

事実を伝えながら私の髪を軽く手で梳く男は、ベッドに腰掛けていた姿勢から徐に立ち上がる。


「…まだ、寝ないの?」

「ああ。今日コンペ用の資料送ってくれれば土日に確認するってさっき課長からメール来てたから、もうちょっと詰める。」

「…そっか、」

私は今日、此処に来てよかったのだろうか。
仕事してる側でぐーすか寝てる女、邪魔でしか無い気がする。

でも今更帰るとか、あんまり言いたく無いな。
出来れば側に居たいけど、どうしよう。


そういう我儘な迷いを誤魔化すように、掛け布団を手繰り寄せる様子を見守った男が「花緒」といつもの平静な声で呼んで、ドアへと向かっていた身体をこちらへ再び向けた。


「お前は本当にすぐ勘違いする馬鹿だから、
よく寝たほうが良い。」

「…今、前半なんて言った?」

「……邪魔なら最初から呼ばない。此処に居て。」


この男はどうしていつも、最初から素直に言えないんだろう。前置きがあまりに雑だと思う。

だけど、ベッドの傍でしゃがみ込んで、私の頬に触れる手がとても優しくて胸にじわりと暖かさが流れ込む。

そしてそっちが素直になった分は、
私も頑張ると、前に、決めたから。


「あんたは、アホだから、1人で寝ない方が良い。」

「お前、流石にそれは苦しい。」

「煩いな。ちゃんと此処で、起きてるから、早く終わらせなよ。」

布団で口元まで覆って、くぐもった声での言葉はちゃんと届いたのか瞬時には分からない。

だけど、恐る恐る男を見上げたら、先ほどより一層眼差しに柔らかさがあって、そんなの、心は当然跳ねる。

視線がぶつかった瞬間、「ばか」と微かに楽しさを混ぜてまた悪口を呟かれた。

布団を剥いでゆっくり近づいてくる男を睨みつつ、結局目を閉じて唇で熱を受け止める私は、バレていたらもう、恥でしか無いけど、毎日のように"好き"を募らせている。




◻︎


「…夜遅くまで頑張ってましたもんね。」

「そうなの!?
え、何で梨木っちがそんなの知ってるの?」


トリップしていたせいか、古淵さんとの会話で、本当に余計な一言を漏らしてしまった。

「な、なんか知りませんけど、
そんな気がしました…!」

「なるほど流石同期!?
でも最近、2人あんまり前みたいにバチバチしてないから、俺は嬉しいよ!」

「いえ!?
全然毎日、バッチバチです!!」


ずんずん足を進めつつ、古淵さんの「なんでえ!?」という驚きを蹴散らすように、強くエレベーターのボタンを押した。
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