sugar spot
「だから、忙しいのは多分今からだけど、コンペ勝ったお祝いというか、……どうしたの。」
古淵さんに会ったこと含めて話をすると、蕎麦湯のポットをもった女が目頭をまた、抑えている。
もう何回も尊さを噛み締めているらしいその姿を目撃してきているけど、未だにそうなるタイミングはよく分からない。
「え、なに。今あの男の尊いポイントあった?」
「花緒に、当選メールを意気揚々と見せられたら、アーリー多分ちょっとだけ笑うんだろうなって想像したら泣けた。想像でも尊い。」
「……なんか、大変だね。」
そしてとても残念なことに、その場面は実現しない。
どんな顔するのか分からないけど、チケット、やっぱり、当てたかった。
はあ、と無念さを多量に含んだ息を吐き出すとクスクス笑う奈憂に「まあ次も応募しようよ。」と労いを受ける。
「…うん、一般販売も気合い入れる。」
「アーリーに喜んで欲しいもんね?」
またこの女は態とらしく確認してくる、と睨んでも全く意味は無いので、視線を曖昧に逸らした。
「…ライブ行けるってなったら、流石に凄く喜ぶのかな。」
「喜んで踊るかもよ?」
「…あの能面が?」
もはやそれは怖いけれど。
「本当に、2人はお願いだから、
バカとアホの尊いままでずっと居て欲しい。」
「褒められてないね。」
目の前の奈憂は、私とあの男の話をする時はもうずっと楽しそうな表情のままで、蕎麦猪口に注いだ蕎麦湯を飲むその姿を、少し観察してしまった。
「なに?蕎麦湯飲む?」
「ちがう。
…な、奈憂は最近、その、どうなの?」
心で少し湧き出た好奇心をつい、尋ねてしまった。
もっとナチュラルに話題を持っていきたかったのに私には難易度が高過ぎた。
気まずくなって顔を顰めると、奈憂は、微笑みは変わらないまま少しだけその眉尻がゆるゆると下がる。
「花緒は、恋愛話を切り出すの下手だねえ。」
「……、」
自覚はしている分、指摘されると反論の余地は無い。
「私は、なーーんにも無いよ。」
「……奈憂、いつもそれしか言わない。」
「だって本当だもん。」
この女と出会って、もうすぐ1年が経とうとしている。
その間、私の恋愛は何も言わずとも奈憂にもろバレしていたけど、逆にこの女の恋愛はベールに包まれたままだ。
ふわっとした微笑みで、とても軽くいつもかわされてしまうから、私もあまり踏み込めない。
「私、今は推しカップルを見守ってたいなあ。」
「……そっか。
でも奈憂が言いたい時に、またいつでも聞く。」
結局それしか言えず、難しい顔のままに「やっぱり私も蕎麦湯飲む」と手を伸ばすと、それを直ぐに渡してくれる。
「ありがと。」
私がお礼を告げる前にそう言われて、またいつものような笑顔を見せる奈憂に、私は今まで数え切れないくらい、あの男のことに関して発破をかけられたし、怒られたし、応援されたし、助けられた。
だから、この女の方からもし何か
言ってきてくれた時は。
絶対に私が力になりたいなと、熱い友情みたいな恥ずかしい気持ちを、自分の心の中だけで消化した。