sugar spot
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「…ちゃんと喋るの初めてだよね。
梨木 花緒です。よろしく。」
「…有里 穂高です。よろしく。」
翌週、また始まった研修で隣に座ったのは、たまたまその席が空いていたことに加えて、好奇心のようなものもあったかもしれない。
どこか意外そうにこちらを見向く女に声をかけられ、名乗りつつ顔を向けると、先週夜に目撃した時よりも、より明るく愛想の良さが伝わる笑顔があった。
テキパキと午前中の研修の準備をしている女を横目に、そつなく何でもこなして、誰とでもきちんと接することが出来そうだと感じる。
何故、自分自身でさえ人付き合いが得意だと言えない俺に、「隣に座れ」と言ってきたのか芦野の考えが全く分からない。
その瞬間、会議室に入ってきた女と目が合った。
一瞬、意外そうに、驚いたように瞳を瞬いた女は、何故か親指を上に突き立ててグーを作る。
そしてそのままにこやかに笑って、離れた別の席へと向かっていった。
……何がグーだ。
助言に素直に従ってしまったことを、なんなら面白がられている気もする。
そこまで考えたら自然と溢れた舌打ちに、隣の女が驚いてこちらを見た気がして、曖昧に俺もメモ用のノートを取り出した。
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…"そつなく何でもこなす"は、
恐らく、撤回した方が良いらしい。
「梨木。あんたよく現代の大学生やってきたわね。」
「……す、すいません。」
まさに蚊の鳴くような声で、首を垂れつつ、仁王立ちしている人事部の吉澤さんに謝罪をする隣の女は、全くさっきまでの元気は無い。
今日の午前中は《Excel講習》で、採用の時から引き続いて俺達の指導にあたる彼女が用意したワークをひたすらこなすというものだった。
応用は殆どなく、基礎を理解していればそこまで難解なものは無かったはずだが、講習が始まってすぐ、
「電卓、どこ…」という理解不能な、か細い呟きをすぐ傍で聞いた気がして若干、気にはなっていた。
「……昼休みに必死こいて頑張りマス…」
そして案の定、女は誰よりも進捗の悪さを見せ、痺れを切らした吉澤さんから、こちらが口を挟む隙も無いほど熱のこもり過ぎた指導を受ける羽目になっていた。
丁度お昼休憩になり、待ち望んでいたように同期達が会議室から出て行く。
でも、この現状を否応なしに目の当たりにしてしまっている俺も、知らん顔で立ち去っても良いのかと若干の躊躇いを抱えてしまう。
その瞬間、かなり鋭さのあるような気がする視線を感じて顔をあげると、吉澤さんと真正面から目が合った。
「有里。もうワーク全部終わった?」
「はい。」
「じゃあちょっと暇があったらこのポンコツ梨木に教えてやって。
私、今からランチミーティングあんのよ。」
「わかりました。」
教育担当が“ポンコツ“とか言って良いのか。
その言葉を聞いた隣の奴が、頭に重い石が落ちてきたの如く更に首を垂れてダメージを受けていて、その分かりやすさに若干口角が緩む。
すぐに戻したつもりだったが、再び視線の交わった吉澤さんがにっこりと、丁寧な笑みをこちらに見せてきて、何かを見透かされているような、若干の不気味さを感じていた。