sugar spot
「流石に私1人じゃ、ベッドまで運べなくて。
ありがとう。」
「いや。」
そろそろ帰ろうかな、と花緒の寝顔を観察していた芦野が立ち上がったので「駅まで送る」と告げると、笑って断られた。
「…ちょっと電話して、話さないといけない男がいるんだよねえ。
駅までの時間、それに使うから大丈夫。」
「なら良いけど。」
「流石、私の推し。
花緒もそうだけど、私の推しカップルは2人とも優しくて最高だなあ。」
いつも通り楽しそうな笑顔で告げながら玄関で靴を履く芦野を呼び止めた。
「…お前が優しいから、
その分、返ってくるんじゃないの。」
「……、」
「芦野が居なかったら、
俺達、未だに纏まってないと思うけど。」
配属されてから、ずっとあの女とすれ違っていた時間。
居酒屋で叱責されたこともあれば、メッセージで揶揄いながら、結局背中を押されたこともある。
意地を張って向き合えなかった俺達を、ずっと見守ってくれていた1人だ。
「…馬鹿と阿保だもんね。」
「まあ、否定はしない。」
苦虫を潰したような顔で肯定すると、可笑しそうに笑って、だけど少しだけ瞳を滲ませた。
「…アーリー。」
「ほんと、その呼び方やめろ。」
「花緒には、言ったんだけど。
私が失恋したら、長濱の時みたいに、
"労う会"やってくれる?」
芦野は今から何か、ケジメでも付けにいくのだろうか。
俺がそこの深掘りをするのは違うと結論づけ、小さく頷いて「俺とあいつが好きな中華屋で良い?」と聞くと「もっとおしゃれな店にしてよ」とホッとしたように笑われた。
「…あと、ごめんね?」
「何が。今日、謝ってばっかりだな。」
「花緒、寝ちゃったから。
折角の週末なのにイチャイチャできなくて。」
にこり、ドアノブに手をかけた状態で小首を傾げて微笑みかけてくる女は、漸く通常運転に戻りつつあるらしい。
「…お詫びに1つ、教えておくね。」
「?」
「この間のちひろさんと亜子さんとの女子会の後、アーリーにメッセージで聞いたでしょ?
花緒があの時ビール飲もうか迷った理由知ってる?って。」
「…ああ。」
《今度、花緒のお酒トレーニング
付き合ってあげたら?》
《なんで。》
《花緒が今日飲もうとした理由知ってる?》
《知らない。何?》
《え〜じゃあ私からも言わないでおく》
《は?》
確か、そんなこともあった。
思い出しながら頷くと、
「ちひろさんと瀬尾さんって、よく家で2人で飲むんだって。」
「……それ、なんか関係してんの?」
確かに枡川さんも瀬尾さんも酒が強いイメージはある。
まさかまだ、枡川さんへの意識が故なのかと眉を顰めると「ちがうよ」と軽く否定される。
「花緒、羨ましいの。
仕事で疲れて帰ってきて晩酌するアーリーに、本当は付き合ってあげたいんだよ。」
「……、」
そういえば初めて俺の家に来ることになった時も、スーパーで「付き合えた方が良いか」とジュース片手に難しい顔で聞かれた。
あの時はただ、その真剣さが可笑しくて笑ったけど、まだそんな風に思っていたのかと、驚きで言葉がすぐ繋がらない。
『花緒、無理しなくて良いよ?
私は、話するのにお酒の力借りたいみたいなとこあるけど。
アーリーに怒られたく無いし。』
『だって折角やっと奈憂から言ってくれたし、
付き合いたい。
…それに、あの能面と飲む前のトレーニングにもなるから、気にしないで。』
「…どう?可愛いでしょ?」
まるでこちらの思いを見透かしたかのような、してやったりの表情を浮かべる芦野に深い溜息で返事をする。
「謝罪のつもりの割に、
変にけしかけてくるの止めろ。」
あのぐーすか寝てる女の側で、
今日は一晩中、我慢するしかないのに。
心だけで呟いた筈の言葉も全て、
やはり見通したように
「やっぱり私の推しは最高。」
と結局、最後まで笑われた。