sugar spot
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「……痛い。」
「だろうな。」
ベッドで寝そべっていた女が、俺からの割と強めのデコピンに顔を顰めて徐に瞼を持ち上げる、その一部始終を同じようにベッドに寝転がって見つめた。
視線を合わせて自分のおでこをさすりつつ、こちらを睨みつけた女は、
「…いつ、帰ってきてたの?」
と、いつもより少し掠れた声で尋ねてくる。
「1時間くらい前。
お前、ちょっと水飲め。」
「…あ、ありがと。」
とりあえず芦野を見送って、風呂を借りて出てきた後も眠り続ける女に、水分だけはきちんと摂らせておきたいと起こしてサイドテーブルに置いていたミネラルウォーターを差し出す。
「吐き気は?」
「無い、です。」
むくりと起き上がって、ベッドの上で正座しつつペットボトルを受け取った女は、それを飲んで細い喉を何度が上下させた後、硬い表情のまま「ほだか」と呼ぶ。
「なに?」
「お、怒ってる?」
「…なんで。」
「約束、というか、宣言してたのに。
飲まないって。
結局、簡単に潰れてるし。」
恐る恐る、そういう声色がぴったりな感じで伝えてきた言葉を聞き終えて、俺も上体を起こしながら女の細腕を引っ張った。
「馬鹿。」
「…なんなの。」
あっさりこちらに身体が傾く女をきちんと受け止めて抱きしめると、俺の両脚の間に従順に収まる女からは同じシャンプーの香りがする。
首元に口付けを静かに落とせば、少しだけ肩を震わせつつ見上げてくる大きな瞳は、アルコールのせいなのかいつもより潤んで見えた。
「…芦野に付き合いたかったんだろ。」
「奈憂に、会った?なんか言ってた?」
「会った。お前のこと馬鹿って言ってた。」
「もう絶対に飲まん。」
なんなの、とまた不服そうに呟いて俺から離れようとするから、普段よりも楽しげな笑いが意図せず漏れてしまった。
「離してよ。馬鹿は大人しく寝ます。」
「…あと、感謝してた。
すごい嬉しかったって、笑ってたけど。」
「……」
「先にそれを言ってよ」とやはり不服そうな声で文句を肩口で呟くくせに、俺がそうするのと同じように背中に腕を回してくる女の鼓動が、すぐ側で聞こえる。
「花緒。」
「ん?」
「外で"仕事だから"とか、お前が納得してない理由で無理してまで飲むのは許さない。」
「……」
「でもまあ、芦野みたいにお前が信頼できる奴となら、たまには飲んでみれば?」
できれば家でな、と付け足すと、ちゃんと俺の言葉を聞き終えたタイミングで、ぎゅうと力一杯に返事をするのも照れくさいのか、代わりに強く抱きしめられる。
「………あんたのことも、なんだけど。」
「なに?」
「穂高のことも、信頼、してるけど。」
共有している温度がいつも以上に高い気がするのは、入浴後で物理的に高体温だからなのか、この女のせいなのか、もはやよく分からない。
『花緒、羨ましいの。
仕事で疲れて帰ってきて晩酌するアーリーに、本当は付き合ってあげたいんだよ。』
「晩酌の練習成果、見せてくれんの?」
腕を緩めて、見つめてくる女の丸いおでこにそっと自分のものをこつりと重ねると、一瞬目を瞑った女が、そのまま瞳を白黒させている。