sugar spot
◻︎
「アーリーおかえり。」
「……、」
玄関先で出迎えたのは、満点の笑顔を携えた芦野だった。
この女が呼んでくる変なあだ名、そろそろ何とかしてほしいところだと取り留めもないことを考えつつ玄関の奥を覗くが、花緒の姿は無い。
「先に謝っとく。私の所為。」
「何が。」
眉を下げて突如受けた謝罪に首を傾げると、芦野はまた少しだけ笑う。
そのまま促され、廊下を進んでワンルームに繋がる扉を開けた。
「……こいつは、何をやってんの。」
「うーんと、限界が急に来て、充電切れた感じ…?」
「限界…?」
「うん。アルコール摂取量の?」
やはり気まずさを抱えた表情のままの芦野からそう説明を受けて、再び視線を床に戻すと、フローリングの上でこの部屋の主が、足を折りたたんで猫のように丸まって呑気に睡眠している。
溜息と共にすぐ側にしゃがんで、顔にかかった髪をゆっくり少しだけ避けると、その隙間から見えた頬がかなり赤みを帯びていた。
「…そんな飲んだ?」
「ううん。缶ビールと缶チューハイ1本ずつ。
その後、私のハイボールも若干飲んだくらい。
まあ花緒にしては、初めての量かもね。」
それだけで、こんな風になるのか。
まじで絶対に、外ではもう飲ませたくない。
「…あのね、アーリー。」
「何。というか、」
「____花緒に初めて、自分の恋愛の話をした。」
本当にそのあだ名やめろと、伝えようとした言葉は呆気なく遮られた。
同じように側にしゃがんだ芦野は、弱い微笑を見せて、変わらず眠り続ける女の無防備な頬をつつく。
「……、」
「ごめんね?
結局、推しと恋愛は別、ってことだねえ。
あ。でもアーリーのことは一生推しだから安心してね。」
「何で俺、謝られてんの。」
そのまま告げられた謝罪に思わず疑問を呈すると、ふふ、と柔らかく空気が揺れる。
でも、芦野の表情は、それに比例することなく、どんどん頼りなく見えた。
「……今日、花緒が部屋に呼んでくれたのも多分、私のこと心配してたからだと思う。」
「…そう。」
「アーリーごめんね。」
また、謝罪を受ける。
何回聞いたって馴染まない呼び名に顔を顰めつつ目線を上げると、不安そうな表情を目の当たりにする。
「花緒がお酒弱いって、分かってたのに。
……"今日、一緒に私も飲むから!"って、言ってくれたの嬉しくなって、止めなかった。」
「……別に、お前が謝る必要無いだろ。」
「でも、」
眠り続ける女の腕を自分の首に誘導して、抱き抱えつつ立ち上がる。
四肢に全く力が入っておらず、気絶に近く爆睡している女の呼吸音が、鼓膜を柔く揺らした。
「こいつも、"自分が潰れるかも"って流石に思ってたんじゃないの。
でも、それでも良いから、芦野に付き合いたかったってことだろ。」
両腕に確かな温もりと重さを感じつつ静かに告げると、一瞬驚いたように目を丸くした芦野が、その後、やはり弱く笑う。
「……花緒って、馬鹿だよねえ。」
「なに。知らなかった?」
「…知ってた。
馬鹿みたいにまっすぐで、可愛くて、大好き。
アーリーより、私の方が花緒のこと好きかもよ?」
「それは無い。」
「え、なに?不意打ちで尊すぎた。」
"しまった録音しておけば良かった"と、残念そうに呟かれて「お前が言うと冗談に聞こえない」と溜息混じりに溢す。
「え?冗談じゃないけど」と先程よりは少し素に近く笑った女から、物騒な言葉を受け取った。