sugar spot
「どんだけ図面苦手なんだよ。」
「……うっさいな。」
本の表紙を見つめながら落とされた言葉。
馬鹿にされている気しかしなくて隣を盗み見たら、その横顔はなんか、あんまり、いつものような冷たさを感じなかった。
「…昨日の今日で、いつの間に買ったわけ。」
「買ってないし。」
「は?」
「南雲さんに貸してもらったの!
先輩からの借り物なんだから、汚さないでよね。」
勢いよく告げたのと同時に、エレベーターの到着が音楽とランプによって知らされた。
なんだかさっきから心がそわそわとしてしまって、
開いたそれへとすぐに足を進めようとした瞬間、
「…っ、いた、!?」
つむじ辺りにそれなりの衝撃があって思わず声を上げて立ち止まる。
すぐそばで視界を占領したのは、先程まで隣で見ていた男のスーツ。
なんだ、と勢いよく顔を上げたら能面が顰めっ面のまま私を見下ろしていた。
「…何!」
先程の衝撃は、この男がさっき手渡したはずの本を私の頭に勢いよく乗せてきた痛みらしい。
「要らない。」
「……は?」
咄嗟に本を掴んでそう聞き返すと、男はそのままエレベーターホールを通り過ぎて一階にあるテラスの方へともう既に足を向けていた。
「ちょっと。」
「コーヒー買ってから行く。
馬鹿と一緒に乗ったら、馬鹿が移りそう。」
能面のまま告げた男は、そう告げるや否やスタスタと背中を向けて長い足を使って歩いて行った。
なんだ、今の。
ぽかん、と口を開けたままに届けられた言葉を反芻したら、わなわなと身体に震えが起きてきた。
「あ、エレベーターまだ来てなかったんだね。
…あれ、有里君は?」
別方向から、電話を終えたらしい枡川さんに話しかけられてもうまく返事を返せない。
「……枡川さん。」
「うん?」
「合法的に人をぶん殴れる方法、知りませんか。」
「……ちょ、ちょっと存じ上げないかな…?」
どうして私の唯一の同じ職種の同期は、
あんなにも腹の立つ男なの。
「なんだあの男!!!」
「え!?」
荒々しくエレベーター内でボタンを押しながらそう漏らしたら、当たり前に枡川さんを驚かせてしまって申し訳なくなる。
すみません、と謝って返却を受けた本をぎゅう、と握りしめた途端、手と一緒に胸が痛んだ気がして。
全て振り切るように今日のスケジュールを確認しようとスマホを開いた。
◇◇
【テーマ】
sugar spot (甘くなる目印)が
発見されるかどうか。
【研究回数】
1回目
【研究対象者】
梨木 花緒
有里 穂高
【研究結果】
▶︎全く兆候無し、というか凄く不穏
◇◇
#1.「天敵に塩は送らない」fin.