sugar spot
「…酔っ払いは復活したわけ。」
「……まあ。」
ふーん、と何の感情もこもってなさそうな相槌が耳に届く。
エレベーターの到着ランプは、まだ点灯しない。
2人並んでその扉が開くのを待つ。
隣に立つ男側のからだ半分が、やけにむず痒く感じるのに理由は無い。
「…なんであの時、枡川さん達に言わなかったの。」
「何が。」
「こいつは酒弱くて酔っ払ってますって。」
「は?お前が言うなって言ったんだろ。」
それは、そうだけど。
そこは従順に私の頼みを聞いてくれたのが意外だった。
この男が何を考えてるのか、本当によく分からない。
…よく分からないけど、
やっぱり敵に塩を送られっぱなしなのは癪だ。
そう思った私は、1つ誰にも気づかれないように小さな呼吸を落とす。
そして、正面を向いたまま手に持っていた本を男の方へ差し出した。
「……何。」
「本。」
「見たら分かるけど。」
「………図面のこと、書いてある本。」
「………」
「…読めば。」
そう3文字を告げてしまった後、
男から何も反応が返ってこなくなった。
この状況での無視はなんなの?と、流石に苛立った顔で隣を見やると、男は綺麗な瞳を予期せず丸くしてこちらを見つめていた。
「……え、」
その顔は、何。
思わず有里、と声をかければハッとしたように視線を逸らされた。
「…お前の方が読むべきだろ。」
「分かってるわ。
時間かかるから先にあんたに貸すって言ってんでしょうが。」
自覚してることをわざわざ言うなムカつく。
むっとしてそう反論すると、男はひょいとそれを手に取った。
急に重量を失ったことに拍子抜けして、
手が不自然に彷徨ってしまって慌てて自分の方へ戻す。