sugar spot
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「梨木さん、大丈夫?」
「はい……でも名刺が大量です…」
「そうだよね、ごめんね。」
困ったように笑う枡川さんに、とんでもないですと焦って首を横に振った。
馬鹿と私のことを連呼していた奈憂と別れ、午後からは枡川さんの外回りに同行することになった。
得意先を目も回りそうなくらい沢山まわって、出逢う人出逢う人と名刺を交換していたら大量に溜まってしまった。
オフィスに帰ってきて、デスクにとりあえずそれらを並べたら、量に圧倒される。
「最初はどうしてもね…
折角の機会だから梨木さんのこと、紹介したいしね。」
「ありがとうございます。
私はこれから担当の方々の顔と名前、ちゃんと一致させられるでしょうか…」
隣に座る枡川さんにそう言うと、「大丈夫だよ。」と笑って、その後、あ、と思い出したような顔をする。
そうして彼女はデスク脇のキャビネットから分厚いファイルを取り出した。
「私その人とした会話とか、特徴とかメモしたりしてたなあ、名刺に。」
「は!!!それ良いですね!?」
さすが枡川さん、と思っていると彼女は私の机の方に身を乗り出して、それを広げてくれる。
そのファイルはどうやら名刺を綺麗に収納しているもので、
「なんかその方の印象とか書いてるとね、便利だよ。ほらこれとか…」
枡川さんに指差され、私も視線を落とすと
株式会社×× 広報宣伝部
課長 香月 皇
その名刺の空白部分に「神。」とだけ書かれていた。
「……神…?」
「……ご、ごめんね、参考にならないメモで…
でも香月さんのとこに挨拶行けば、これは分かる。」
「………神なんですか。」
「神なんです。」
…どんな会社なのだろう。
うん、と深く頷いた彼女の雰囲気は全くふざけた様子は無かったので、丁度来週に設定されていた××さんとのアポイントの日には、私もスケジュール帳に「神」とメモをしておいた。