sugar spot
「な、に。」
掴んだ私の右腕をそのまま自身の方に引き寄せた男により、強制的に向かい合うしかなくなった。
見下ろされる、精巧に形取られた瞳と視線を合わせたく無い。
「……お前、酒飲んでるだろ。」
「…は?」
意表をつかれた質問に、素っ頓狂な返答と共に思わず顔を上げてしまえば、やはり冷めた眼差しに気づいて心がちくりと見えない針で刺された。
「この間のこと反省してないわけ。」
この間、とは歓迎会のことだと流石に分かる。
苛立ちを孕んだ声と溜息に、また視界が一層滲んだ。
今日の仕事の話をされるのかと、まだ少し期待していた自分は、どこまでも浅い考えの中に居たと気づかされた。
___私と、この男は、違う。
こいつが仕事をする上で
"私が居るかどうか"
それはあまりにも取るに足りない、お酒がどうとか、そんな世間話に負けるくらい、どうでも良いことなのだと。
私は、仕事の話をするに値しないこの男にとってその程度の立ち位置の人間なのだと、いやでも実感する。
「無駄な抵抗やめろ。」
「……”無駄”?」
「ちょっと飲んだくらいでそんな真っ赤になるのに、意味ないって言ってんだよ。」
「っ、」
そう告げた男が、腕を掴むのと逆の手で、赤みを帯びたと自覚している私の頬に触れようとする。
その予感に、驚きと共に目を見張って、瞬間的に合わさった視線の中で、目の前の男も何かにハッとしたように、寸前で手の動きを不自然に止めた。
「……とりあえず、もう飲むなよ。」
気まずい沈黙を誤魔化すように男が苛立って続けた言葉なんか、もう、聞いてられない。
「分かんないよ、あんたには。」
「…は?」
「なんでもソツなくこなして、残業でも先輩のこと手伝ってちゃんと終わらせて、同期の助けなんか、これっぽっちも必要ないあんたには、絶対、分からない。」
___最低最悪な僻みが入ってる。
そう自覚しても、止まらない。
ちひろさんの背中が、私には凄く遠い。
前からそうだったけど、あの人が異動して居なくなってしまうと聞いたら、より一層不安を感じるようになった。
近づける気もしない。
お酒のことも、悪あがきだって自分でも分かってる。
でもこの焦燥感を埋めるには、それがどんなに些細な意味しか持たなくても、思いつく限りの努力をするしかないじゃない。
"無駄な抵抗やめろ。"
私はどうしてだか、この男に簡単に”無駄”だと言い捨てられたことが、ひどく苦しいらしい。
「……梨、
「私だって、これからはもう絶対、あんたに頼ったりしない。」
先程のこの男の言葉を繰り返して宣言した後、腕を精一杯の力で振り解いて、油断した隙をつくように男の横をすり抜けて、狭い通路を足早に脱した。