sugar spot




◻︎


「有里、残業お疲れ様!」
「何飲む?」
「お腹空いてない?」


…なんでこんな、苛々するのだろう。

部長との電話を終えて先に戻った私は、もう何も気にせずコース料理を食べて、レモンサワーもなんとか飲み切って。

そのまま2次会に行く流れに身を任せて、お店を移動してしばらくした後。


残業を終えたらしい能面男が急に現れた。

その無表情に少し疲労が滲むのを確認したらムカついて、突然の登場にすぐ同期女子達に囲われる光景を目の当たりにしてまたムカついた。


「…奈憂。推しが奪われてるけど良いの。」

「今日のアーリーは阿呆だから良い。」

「……?」

私が部長との電話を終えて、「ヘルプは必要無いってあの男に言われた」と奈憂に報告してからずっと、彼女は機嫌が悪い。 
推しに抱える心情は複雑なようで、私にはやはりよく分からない。


「…なんか、お酒もう一杯くらい飲もうかな。」

「やめときなよ、顔真っ赤だし。
花緒ほんと弱いよね。」

「……」


以前の歓迎会のような吐き気や立ちくらみは特に無いが、顔が火照っている感覚はある。

体温も感情も冷ます意味を込めて「お手洗い行ってくる」と立ち上がった時、何故だか別テーブルに座る能面と一瞬、視線が交わった気がしたけど直ぐに顔を背けて部屋を出た。





◻︎



「花緒、心配してたよ。」

「そんなわけないだろ。」


ハンカチで手を拭きながらトイレを出て狭い通路を歩いていた時、直ぐ側で聞こえてきた男女の声に、その足が止まった。


「あのさあ、なんでそうなの?アホなの?
イケメンじゃなかったらほんと、ぶん殴ってるよ?」


奈憂が、珍しく苛立っている。

この通路を抜けて席に戻るしか無いので、2人に見つかるわけにはいかない私は、トン、と壁に背中を預けて、死角になった位置から会話を見守ることになってしまった。



「芦野、お前何がしたいの。」

「こっちの台詞だよ。」

だけど彼女の言葉にも冷静な、溜息混じりの男の声が心から面倒そうで、それだけで胸が重くなる感覚に襲われる。


「なんでそう頑ななの?  

花緒が今日部長に電話したのは、
アーリーを助けたかったからなんだよ?」
 

「部長が、同期のよしみであいつに事情説明したから、手伝うって言うしかない流れになっただけだろ。」

「…拗れ過ぎてて絶句しそう。」

「何が。」

「もっと助け合えば良いでしょ?
私、そんな難しい話してる?」


奈憂。もう良いから、何も言わないで。

もはや懇願に近い気持ちで2人の会話を聞く私は、結局、耳を塞ぐこともできない。

もう続きを聞かない方が良いと、わかっていたのに。




「__俺は、あいつには絶対、頼らない。」


突き放すみたいな言葉に遠慮なく心を貫かれて、痛みを自覚するより、視界が滲んだのが先だった。


「呆れた、ほんっとにアホだ。」

「……、」

「もう良い、花緒とお酒飲む。戻ってオーダーしてくる。」と一方的に告げた奈憂は、そのまま席へと戻ったらしい。





慌てて瞳に溜まっていたものを拭い去りつつ、この情けない顔を整えようと再びトイレに戻ろうとした時、


「____おい。」

「、」

背後からかけられた声に、身体が不用意に反応して揺れた。

恐る恐る振り返れば、当然、さっきまで奈憂と話をしていた能面男が立っている。

しまった、この男も、もう席に戻ったのだと思っていた。


会話を聞いてたことも、この顔も、悟られたくなくて慌ててトイレに逃げ込もうとしたけど、長い足を携えた男はあっという間に私に近づいて、後ろから腕を掴んだ。

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