sugar spot
「梨木さん、午前中はビラ配り?」
「あ、そうです!」
「じゃあ一緒にやろうか。」
「……え、」
軽く告げた南雲さんは、そのまま私が持っていたビラの束を半分をひょい、と掴んだ。
チラシを配ってブースに呼び込む役回りは、大体新人達で構成される。
(ただ営業の1年は私とあの能面しか居ないので、こういう時は別フロアの同期達も一緒に手伝ってくれることになっている。)
南雲さんや瀬尾さん、デザイン部の先輩方もヘルプで展示会に来てくれるとは聞いていたけど。
「その苦い顔はどういう…?」
「…大先輩に一緒にやっていただいて
良いんでしょうか。」
「いや、俺らブースに居ても営業のみんなみたいに出来る事ほとんど無いから。」
相当私が難しい顔をしていたのか、発言を聞き終えた彼はそう言ってくすくすと笑って「行くよ」と促す。
同期達のヘルプは午後からになると言われ、あの能面2人とチラシを配るかもしれない地獄の可能性に震えていたから。
南雲さんに半ば強引に促され、ホッとする気持ちの中で「ビラ配り行ってきます」とブースの先輩に声をかけて彼の背中を追った。
◻︎
「(……最悪だ…)」
ホッと安堵したのも、本当に束の間だった。
ブースから少し離れた場所で南雲さんと立っていると、数十メートル離れた対角線上に、能面と古淵さんがチラシを持って時間差でやって来てしまった。
なんでこんな運悪く配置される場所が近いの!?
人の往来は激しいと言えど、私達に気づいた古淵さんが「左腕、折れるんでは?」と心配になるくらいの激しさでこちらに手を振ってくる。
「アイツ馬鹿だなー」と楽しそうに笑って振り返す南雲さんに倣って、私もそうしようとした。
___目が合ったかなんて、分からない。
人の往来は相変わらず激しいし、それなりに距離は離れてるし、分からないけど。
でもあの能面の、苛立つほど形の綺麗な瞳と視線が交わってしまったような気がして、咄嗟に不自然に逸らしてしまった。
「そうだ、梨木さん。」
「…あ、はい、?」
隣の南雲さんに呼ばれて慌てて視線を上げると、やはり優しい笑顔の彼がこちらを見つめている。
「速水、俺の同期なんだけど、
梨木さんにめちゃくちゃ感謝してたよ。
例のカタログ事件の宣伝。」
「…あ、ほんと、ですか…、良かった。
そもそも私がミスしたのがダメなんですけどね。」
「…浮かない顔ですね。」
「……あれは多分、
私1人じゃ間に合わなかった気がします。」
視線をこっそり遠くへ移したら、能面はもうビラ配りと共にお客さんへの呼びこみを始めていて、こちらには全く興味が無さそうだった。
「…そうなんだ。
手伝ってくれる人が居たのは有り難いな。
感謝だね。」
「……でも、感謝なんか、
多分全然、望まれてないです。」
さっき自分でも繰り返したことを音にしただけなのに。
チラシがちょっと歪むくらい手に力は入るし
視界もぼやけてくるし。
___どうしていつも、こんなに感情がゆらゆらと
不安定になるのか分からない。