sugar spot
"私だって、これからはもう絶対、あんたに頼ったりしない。"
あの同期会の日から、あの男とは殆ど会話をしていない。
別に、それでもなんの支障もきたさないし
感情を惑わされたりするよりずっと良い。
「あ。梨木さん!」
「はい。」
急に名前を呼ばれて振り返ったら、同じ営業一課の速水さんが立っていた。
私が以前のカタログ事件で、ご迷惑をおかけした先輩だ。会社からの配送になってしまったから予定より少し遅れての到着になることも全て、各エンドユーザーさんに謝罪の連絡をしてくれた。
「こんな言い方したら、怒られると思うけど。」
「…?」
「梨木さんがミスして、カタログ配送の準備全部やってくれてよかったかも。」
「……え?」
「あの後さ、何件もこの展示会について問い合わせあったんだよな。宣伝POP、わざわざ封筒に貼ってくれてたんでしょ?」
「あ、すみません勝手に…」
「いやいや、あれから話題広がることも多かったし、今日来てくれる取引先さんも多いし助かった。ありがとう。」
笑ってお礼を言ってくれた彼は、腕時計を確認してまた慌ただしく去って行った。
新人の私たちは、今日1日ビラ配りが主になるけど、営業部隊の先輩たちは、今日は沢山のクライアントを相手にするから大忙しだと思う。
その背中を見つめて、感謝の言葉を貰えたことへの安堵と、あとはモヤつきを同時に抱えた。
『…宛名シールの大きさで、今度の夏の展示会の案内POPみたいなの、作ろうかと思って。』
『……』
『印刷さえできれば、封筒に貼るだけだし、良いかなって、』
『ふうん。』
だってあれは、"私だけ"で、やったことじゃない。
だけどその感謝をあの男に伝えたところで、
多分、迷惑がられるだけだ。
「穂高〜〜!俺、◇商事に渡す資料忘れてきた!」
「俺が予備持ってます、大丈夫です。」
「…惚れた…」
ブースの奥では、古淵さんと能面がそんな会話を繰り広げている。
「どっちが歳上なんだよ」と周りに突っ込まれている男は、全然もう、私なんかの何歩も先を歩いている。
ちひろさんが居なくなって、
取引先に挨拶に行っても「新人が後任」だと知れば良い顔をされないことも山程ある。
あの能面だったら、クライアントに
不安そうな顔をさせたりしないのだろうか。
溜息を漏らして、今から配るビラの束を確認していると「梨木さん」と、また声をかけられた。
「…南雲さん。」
同じ蛍光緑のTシャツを着た彼は、すぐそばで包み込むみたいな笑顔を保って立っていた。