sugar spot
「だから、なんかして欲しいこととか、
思い浮かんだら、言えば。」
何の可愛げも無い提案を言い切ったら、この喧騒の中で、しっかり私と男に流れる沈黙に流石に逃げたくなった。
でも、足をその場から動かそうとしたら、片腕を隣からぐいと掴まれて強制的に向き合う視線を作らされる。
「な、なに、」
「…なんでまた泣きそうなんだよ。」
指摘する男の声も、顔も、不機嫌そのものだった。
つま先がお互いの方を向いて、
私と男の距離は相当に近づいてしまっている。
「……」
あんたと私は、もうずっと。
最初から”何も関係が無い”みたいな距離で。
むしろ遠ざかる一方で。
ちひろさんが言ってくれたみたいに、
自然に助け合うなんて、絶対出来ない関係性で。
そのことを自覚する度に、どうしてだか
凄く心臓が痛くて泣きそうになるのだと。
例えば今ここで言ったら、あんたはどうするの?
「俺が、お前を嫌いなんて、いつ言った?」
「……、」
元々鋭い瞳が不機嫌な声と相まって、切るような鋭い眼差しをつくり出す。
見下ろされて、腕も掴まれて、全然逃げられそうに無い。
「お前、やっぱり馬鹿なの。」
「……は?」
「嫌いな奴のために此処まで走ってくるって
思ってるところが、馬鹿。」
またこいつ、馬鹿ばっかり言ってくる。
だけど、ムカつく言葉を吐くくせに、全然腕は離してくれないし、私も上手く抵抗が出来ない。
熱を孕んだ瞳の奥に自分が映っていると自覚したら、体温がまた急激に上がってしまった気がする。
じゃあ、何?
____私は、あんたにとって、
「あ!!穂高!!梨木!!!!」
どういう位置にいるのかと、そう意を決して聞こうとした気持ちは、完全にその大きな声で飛んだ。
瞬間的に離された腕と、再び開いた距離で、
慌てて振り返ったら、私と能面に手を振る同期が居た。
当然、ダサいTシャツを着用している。
「うお〜〜同じビルで働いてんのに久々〜!
人員足りてないからって、早めに展示会に手伝い来れる人はお願いしますってメール来ててさ〜
でもこの会場、人が多過ぎてブースの場所も分からんかったから、先にお前ら見つけて良かった。」
と語りながらそのまま私と有里の間に割って入ってくるのは、研修終わりにバーベキューを企画したりしていた、同期への愛が強めの長濱だった。
「有里、俺といっぱいビラ配りしような!」
「……お前も一緒に配られろ。」
「ひど!
とりあえず先輩達に挨拶するから、ブース連れてって。」
肩に手を馴れ馴れしく回されつつ長濱にそう誘われた能面の返事は、なかなか冷たくて酷い。
舌打ちも付いていた。
嗚呼。
結局、話が途中で終わってしまった。
肩透かしをくらった、消化不良の気持ちで長濱に連れて行かれる男の背中をなんとなく見ていたらふと、その動きが止まる。
「__梨木。」
「…え。はい、」
振り返った能面が、そんな風に話しかけてくるとは思わなくて、不自然な返事を咄嗟に返して背筋を伸ばす。
「……スマホ、見ろ。」
「、え、」
そう端的に促す男も片手にスマホを持ったまま。
私の返事を聞くことは無く、告げ終わったらスタスタと、長濱を連れてブースの方へまた歩いて行ってしまった。
…なに。
全く流れを掴めずに、それでも自分のスマホを開く。
メッセージアプリからの通知は2件で、
1件はちひろさんだった。
《明日、応援行くからね!》
という大好きな彼女からのものに、
ふと口角が上がる。
そして自ずともう1件を確認して、身体が固まった。
《明日展示会終わったら
入り口近くの自販機スペースに集合な。
絶対、帰んなよ。》
「……、」
凄く久しぶりに開いたトーク画面が、
あの時のように、一方的な約束事を告げている。
『その後、ここに集合な。土曜のこと決める。』
「……そっちこそ、今度こそ、守ってよ。」
ぎゅう、とスマホを握りながらそう呟いて、「分かった」と、やっぱり何も可愛げのない返事を送った。
展示会の終了までは、まだまだ長い。