拗らせ片想い~理系女子の恋愛模様
転機

週末の土曜日、牧野くんと車で出かけることになった。支店配属と同時に埼玉で一人暮らしを始めたが、車は実家に置いたままらしい。私が牧野くんの家の側まで行くことにした。

駅に着くとすでに牧野くんの車が止まっていて、すぐに助手席へどうぞ、とドアを開けてくれる。
男の人の運転の助手席の乗るのは初めてだ。お父さんの運転しか乗ったことがない。
密室だし、近いし、とてもドキドキする。それに、運転も、ものすごくうまい・・・気がする。比べる相手はお父さんしかいないけど、なんていうか、信号で止まるときも動き出すときも凄く静かだ。
運転中だから遠慮してあまり話しかけないでいたら、なんか静かだな、と笑いながら言われた。

特にどこかに行く約束をしていたわけではないが、海沿いの商業施設まで行き映画をみて、ランチを食べた。
何度か映画も観たし、二人で食事なんて何度も言った。しかし今日は初めて車で出かけたせいか、久しぶりに会ったせいか、とても緊張してしまい、研修中の時のように自然に話ができてない気がする。

「支店研修、どう?」

「覚えることがたくさんあって大変だけど、何度かやってるよ。
この前、陽美ちゃんから連絡があって、「近々同期会セッティングするって言ってたよ。」

「うん。できるだけ行くようにするよ」

「忙しいの?」

「忙しいっていうか、また少しサッカーを始めようと思うんだ」

「どこかのチームに入るってこと?」

「実業団のサッカーチームに誘われてて」

「えっ?だってうちの会社の実業団チームって別採用だし、会社だって違うグループ会社でしょ??」

「うん。だからもし本当にやるなら総務部配属で、出向って形になるらしい」

「・・・」

牧野くんは普段一緒にいるとき、あまりサッカーの話をする方じゃなかった。
出会った最初の頃はサッカー部だったことやサッカー仲間と一緒に飲むこともあったが、後半はあまり話題に上らなかった。
大学卒業と同時にサッカーは辞めたのだと言っていた気がするし、そう思い込んでいたので、かなり衝撃だった。

しかも実業団って・・
詳しくはわからないが、出向という形をとるからには、私たちと同様の勤務形態ではないはずだ。練習がメインの日常だし、合宿や遠征だってあるだろう。はっきり言って「同じ会社の同期」という括りではなくなってしまう。

「やるの?」

「うん。お世話になろうと思ってる」

「いつから?」

「週明け、監督とあっちの会社の広報の人と会うことになる」

「そう、なんだ・・・・。」

もう会えなくなるかもしれない。今日で最後かもしれない、と思うと、つらくて牧野くんの顔が見られない。

「試合に出られるようになったらさ、見に来てよ」

「え?」

びっくりして顔を上げて牧野くんの顔を見ると、微笑みながら私の目を真っすぐみている牧野くんと目が合った。

「行っていいの?」

「もちろん。何でだよ。来ちゃダメなわけないだろ」

言われてみれば、自分でチケットを購入してチームの試合を見に行くのは自由だ。
ただ、試合に見に行ったところで恐らく会うことは難しいだろう。
だけど、サッカーをやっている牧野くんの姿をみることができるのは、とても楽しみだ。

「楽しみにしてるね。がんばって!」

「おう」

ニコっと笑ってそういうと、そろそろ行くか、と伝票をもって牧野くんが席を立った。
研修が終わった時点である程度覚悟はしていたが、これからますます会えなくなるかもしれない。
寂しくて、悲しくて、つらいけど、牧野くんを応援しよう。

「忙しいの?」

「ううん。カリキュラムが組まれてるOJTだもん。特別忙しいことはないよ。」

「そっか。なんか元気ないからさ。疲れてるのかと思って」


「元気だよ。牧野くんこそ、これからはますます体気を付けないと」

「うん。怖いのは怪我だからな。少しブランクもあるし、しばらくは筋トレかな」

今日は久しぶりに牧野くんに会えると思い、ずっとドキドキしていた。今日も朝から元気いっぱいだった。
ただ、牧野くんが遠くに行ってしまうと思って寂しいだけだ。

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