純愛
信号が青に変わった。カンナは固まったまま動こうとしない。

「カンナ?」

俺の声に弾かれた様にビクッと肩を震わせて、幽霊でも見た様な顔で俺にゆっくりと顔を向けてきた。

「何…あれ…。つばき、どうしちゃったの。」

俺はカンナの呟きには答えないで、カンナの手を引いて横断歩道を渡った。渡り切る直前に信号がまた点滅して、赤に変わった。
一本目の坂を降り切った所。小さい坂だからほとんどバス停の目の前。カンナの家にはすぐに着いてしまう。

カンナはなかなか家の中に入ろうとしないし、俺もカンナの握った手のひらを離せずにいた。

「カンナ。」

カンナは前を向いたまま沈黙している。

「カンナに嫌がらせしてるの、つばきだと思うんだ。」

「…どうして。何の為に。」

カンナの声は掠れて小さくなっている。その声色に、本当はカンナだって気づいていたんだろうなと思った。それを認めてしまうことが怖くて、気づいていないふりを貫いた。けれどもう、あんなつばきを見せられてしまったら、単純な言い訳では覆せない。俺達が思っていることはきっと事実だろう。

「俺にもどうしてなのかは分からない。ただ拗ねてるだけだと思ってたんだ。つばきは変わらない関係を続けていたかった。でもそれを…つばきからしたら、それを俺達に壊されたと思ってるんだ。言い方が乱暴かもしれないけど、その仕返しって言うか…。」

「仕返し?そこまでするほどつばきは私達のことを認められないの?私達はつばきのことだって変わらず大切なのに。」

「それはそうだよ。俺達の言い分は、な。でも…つばきにとっては違うんだ。何で自分だけって思ってるんだ。このまま自分が一人になってしまうのが怖いんだと思う。」

カンナが俺から手をほどいて、真っ直ぐに俺の方に向き直った。戸惑いと、何に向けられているか図り知れない怒りが混じった表情で、泣き出してしまいそうな顔だ。

「だからってこんなの間違ってる。いくらつばきでもやりすぎだよ。つばきはこんなことしない。やっぱり私達の勘違いだよ。ね?そうだよ…。私達三人のことと、嫌がらせがたまたま重なっただけで、だからつばきの態度がそう見えるだけだよ。」

カンナは壊れたオモチャみたいに、電源のスイッチをオフにしても止まれなくなったみたいに一息に言った。つばきのことが本当に大切だからこそ、今度こそ本当に戻れなくなってしまうのが、俺だって怖かった。つばきの口からハッキリと否定して欲しかった。

「こんなことして私と透華くんが前の二人に戻ったって…私とつばきと透華くんは…。」

もう、戻れないよと、カンナは小さく言った。
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