シングルマザー・イン・NYC
「婚約者だったのは本当だ。こっちでの生活を終えて帰国したら結婚する予定で」

篠田さん。私は聞きたくないよ、そんな話。

「でも、希和に出会って。葵とは趣味が全然合わないんだ。でも希和は、はじめて美術館で会った時、『アイリス』をとても幸せそうな表情で見つめていて、俺と趣味が一緒だ、話したらきっと楽しいだろうなって思った」

篠田さんはテーブルからマグカップを取り、ゆっくりと三口、飲んだ。

「希和が淹れてくれる珈琲はいつも旨い」

独り言のように呟くと、言葉を継いだ。

「偶然再会して、運命だと思った」

「一緒に出かけてみたらやっぱり楽しくて、魅力的で、あっという間に本気になった。だから希和と――その――深い関係になる前に、葵には別れを告げた」

「でも、葵さんは納得していなかった」

「ああ。でも愛してるのは希和だ」

「――篠田さん」

声がかすれた。

「私と付き合い始めた時期は、葵さんとも続いていたってことだよね」

篠田さんは頷いた。

「葵は日本に住んでいるから、会ってはいなかったけれど」

「以前、両親のこと話したの、覚えてる?」

「ああ」

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