シングルマザー・イン・NYC
少しすると、タクシーはハイ・ラインと呼ばれる散策路沿いに走った。
ここも希和とは来ていないな。
そしてヘルズキッチンを抜け、リンカーンセンター――オペラを見た劇場だ――の横を通り、ブロードウェイに入る。
このあたりは、よく一緒に散歩した道だ。
そして数分後、俺は希和のアパートの前でタクシーを降りた。
未だにスーツケースを持っているのが、いかに今日忙しかったかを物語っているなと、自分でもおかしくなった。
アパートの階段を上ってドアを開けると、フロントデスクに座る若者が目を上げた。
たしか、ルーカスという名だった。
向こうも俺の顔を覚えていたようで、
「お久しぶり。キワの――」
「篠田樹です。久しぶり、ルーカス。キワに会いたいんだけど」
そう言うと、彼は顔を悲しそうな表情をした。
「もう、ここには住んでいません」
「……住んでいない?」
「先月、引っ越されました」
「アレックスは?」
まさか。
「……あまり詳しくは申し上げられないんですが……おそらくご一緒かと」
嫌な予感がした。