シングルマザー・イン・NYC
32歳にもなって、女性を待ち伏せすることになるとは――しかも外国で――思ってもみなかった。
俺はもう二時間もここに立っていて、たくさんの人が散歩やジョギングなど、それぞれのペースで満開の桜の下を通り過ぎて行ったが、希和はいまだに現れない。
そもそも、彼女が今日どこで何をしているのか、俺は知らないのだ。
彼女が現在働いている店が、何時に営業終了なのかも。
ジェニーが見かけたというのは、たまたま希和が休みの日だったのかも知れない。
ケイ・タカヤナギと同じように8時閉店なら、働いている日には散歩に来ないだろう。
しかも、その散歩が彼女の習慣かどうかさえ分からないのだ。
桜が満開の今なら、ここに来る可能性はそれなりにありそうだが――。
俺はセントラルパークの外を見やった。
少し先に、グッゲンハイム美術館が見える。白い巻貝のような建築で、内部は吹き抜けだ。
展示スペースはその多くがらせん状になった壁で、緩やかなカーブをぐるりと周りながら、一階から最上階までの展示を見られる構造がおもしろい。
壁には一か所、大きな鍵穴のような形になっているところがあって、そこは図書室への入り口だ。
小さくて落ち着く空間で、希和が「ここ好きなんだよね」と言っていた。
彼女の笑顔を思い出していると、それまでオレンジ色だったあたりの空気が、ふっと、青白く変わった。
――日が沈んだか。
日中は暖かかったが、さすがにこの時間になると肌寒い。
ふと気づけば、人通りも減っている。
どうしようか。
これ以上待っても無駄か。