【コミカライズ化!7月28日配信!】5時からヒロイン
個室に社長と会長夫妻を残し、私は運転手の斎藤さんと共に、店のテーブル席に座った。
会食などでこうした料亭に来ると、私と斎藤さんも高級な食事にありつけた。もちろん経費だけどね。食事難民だった私は、本当にこの日を楽しみにしていたのだ。
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます」
女将がワゴンを引いて配膳にくると、宝石箱のような色鮮やかな定食が運ばれた。
器も見事で、食事の前に美術鑑賞をしているようだ。目を輝かせ、綺麗に配膳されるのを待つ。
「水越さんはこちらで」
斎藤さんといつも同じ食事内容なのだが、今日は斉藤さんと違った。ものすごく楽しみにしていただけに、茫然としてしまう。
「五代社長が水越さんには消化の良いものをとおっしゃいましてね。どこか具合でもお悪いの?」
「え?……いや、あの」
「社長は、水越さんのことをよくご覧になってらっしゃるわ。体調がすぐれないのを察知してらしたのね。どれも薄味にしてありますし、野菜を中心とした献立にしてございます。よく噛んでゆっくりとお食事なさって? お肉はだめですよ? いいですね?」
「分かりました、ありがとうございます」
斎藤さんは霜が適度にある、和牛の刺身があった。うらやましく見てしまう。だけど、社長が私の体調をまた気遣ってくれたのが嬉しくて、素直に食べることにする。
確かに今は、肉よりも野菜が欲しい。身体が欲しているのは野菜らしい。
「いただきます」
「水越さん、休みを取ったらどうだね?」
斎藤さんが私の身体を心配して言ってくれた。
「夏休みも取っていなかったじゃないか。社員はちゃんと規則を守って取らないとダメだよ。いくら社長の秘書だと言っても社員なんだ。就労規則にのっとって取らなくちゃ後で身体にきてしまうよ? 若いときはいい、今のつけは歳を取った時に出るからね。気を付けなくちゃ」
斎藤さんはことあるごと私に休みを取るように言っていた。斎藤さんは再雇用で、二交代制で月に決まった日数しか出勤しない。ずっとハイヤーのドライバーをなさっていて、一年前の60歳を気に、再雇用の運転手となった。今どきの60歳はものすごく若い。もっと働けると思うけど、お子さんたちが社会人になって、夫婦の時間を作りたかったと言っていた。
「分かってはいるのですが、どうしても取れなくて」
「社長に合わせていたら、水越さんがダウンしてしまう。あの人の体力は異常だからね」
斎藤さんの冗談に、思わず笑う。
「確かにそうですね。私もさすがに有休を申請したんです。社長も承認してくださったので、あとは、スケジュールを調整すればいいだけですから」
「それは良かったね」
「いつも心配してくださって、ありがとうございます」
人事課からも休むように言われていたから、これでほっとする。人事課は厳しくて、私は人事課からの電話が、借金取りのようで怖い。
「私が休みをとったところで、社長はお困りになりませんよね? ご自身でなんでもできる方ですから」
「大丈夫だよ。秘書だって他にいるだろう? 三井さんだって長嶋さんだって、ベテランじゃないか。あとは上司にまかせればいいんだよ。少し旅行に行ったり、買い物をしたりして気分転換した方がいいよ」
「はい」
一度、休みを取ろうと思いはじめると、仕事への執着が無くなっていく。頭の中は、有給休暇は何日たまっているのだろうか、何処へ行こうか、実家に帰ろうかと、休みの過ごし方でいっぱいになる。
先日も母親と電話口でケンカになってしまった。
『いい加減仕事ばかりするのをやめなさい』
『人生において、会社なんてほんの一部なの。操を立てるのは、会社じゃなくて、男よ、男』
毎回同じことを言われ、うんざりしている。つい、強い口調で言い返してしまうが、母親の気持ちは、痛いほどわかっている。
三姉妹で末っ子、両親の心配はありがたい。姉は既に結婚していて、真ん中は来年、結婚の予定だ。売れ残りそうな私にいつも、「見合いをしろ」と言う。
考えを他のことにシフトチェンジすれば、あの夜のことを悶々と考えなくて済む。今だってそうだ。美味しい食事をしながら斎藤さんと話をして、休みの過ごし方を考える。そうすればいいのだ。
「内緒だよ」
斎藤さんは私に、和牛の刺身を一切れくれた。優しいお父さんに違いない。自分の父親を思い出して、休みは実家に帰ろうと決める。
食事のあとに、アイスクリームを食べ、温かいお茶を飲むまでのゆったりとした時間を過ごした。それを見ていたかのように、女将が私を呼びに来た。
会食などでこうした料亭に来ると、私と斎藤さんも高級な食事にありつけた。もちろん経費だけどね。食事難民だった私は、本当にこの日を楽しみにしていたのだ。
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます」
女将がワゴンを引いて配膳にくると、宝石箱のような色鮮やかな定食が運ばれた。
器も見事で、食事の前に美術鑑賞をしているようだ。目を輝かせ、綺麗に配膳されるのを待つ。
「水越さんはこちらで」
斎藤さんといつも同じ食事内容なのだが、今日は斉藤さんと違った。ものすごく楽しみにしていただけに、茫然としてしまう。
「五代社長が水越さんには消化の良いものをとおっしゃいましてね。どこか具合でもお悪いの?」
「え?……いや、あの」
「社長は、水越さんのことをよくご覧になってらっしゃるわ。体調がすぐれないのを察知してらしたのね。どれも薄味にしてありますし、野菜を中心とした献立にしてございます。よく噛んでゆっくりとお食事なさって? お肉はだめですよ? いいですね?」
「分かりました、ありがとうございます」
斎藤さんは霜が適度にある、和牛の刺身があった。うらやましく見てしまう。だけど、社長が私の体調をまた気遣ってくれたのが嬉しくて、素直に食べることにする。
確かに今は、肉よりも野菜が欲しい。身体が欲しているのは野菜らしい。
「いただきます」
「水越さん、休みを取ったらどうだね?」
斎藤さんが私の身体を心配して言ってくれた。
「夏休みも取っていなかったじゃないか。社員はちゃんと規則を守って取らないとダメだよ。いくら社長の秘書だと言っても社員なんだ。就労規則にのっとって取らなくちゃ後で身体にきてしまうよ? 若いときはいい、今のつけは歳を取った時に出るからね。気を付けなくちゃ」
斎藤さんはことあるごと私に休みを取るように言っていた。斎藤さんは再雇用で、二交代制で月に決まった日数しか出勤しない。ずっとハイヤーのドライバーをなさっていて、一年前の60歳を気に、再雇用の運転手となった。今どきの60歳はものすごく若い。もっと働けると思うけど、お子さんたちが社会人になって、夫婦の時間を作りたかったと言っていた。
「分かってはいるのですが、どうしても取れなくて」
「社長に合わせていたら、水越さんがダウンしてしまう。あの人の体力は異常だからね」
斎藤さんの冗談に、思わず笑う。
「確かにそうですね。私もさすがに有休を申請したんです。社長も承認してくださったので、あとは、スケジュールを調整すればいいだけですから」
「それは良かったね」
「いつも心配してくださって、ありがとうございます」
人事課からも休むように言われていたから、これでほっとする。人事課は厳しくて、私は人事課からの電話が、借金取りのようで怖い。
「私が休みをとったところで、社長はお困りになりませんよね? ご自身でなんでもできる方ですから」
「大丈夫だよ。秘書だって他にいるだろう? 三井さんだって長嶋さんだって、ベテランじゃないか。あとは上司にまかせればいいんだよ。少し旅行に行ったり、買い物をしたりして気分転換した方がいいよ」
「はい」
一度、休みを取ろうと思いはじめると、仕事への執着が無くなっていく。頭の中は、有給休暇は何日たまっているのだろうか、何処へ行こうか、実家に帰ろうかと、休みの過ごし方でいっぱいになる。
先日も母親と電話口でケンカになってしまった。
『いい加減仕事ばかりするのをやめなさい』
『人生において、会社なんてほんの一部なの。操を立てるのは、会社じゃなくて、男よ、男』
毎回同じことを言われ、うんざりしている。つい、強い口調で言い返してしまうが、母親の気持ちは、痛いほどわかっている。
三姉妹で末っ子、両親の心配はありがたい。姉は既に結婚していて、真ん中は来年、結婚の予定だ。売れ残りそうな私にいつも、「見合いをしろ」と言う。
考えを他のことにシフトチェンジすれば、あの夜のことを悶々と考えなくて済む。今だってそうだ。美味しい食事をしながら斎藤さんと話をして、休みの過ごし方を考える。そうすればいいのだ。
「内緒だよ」
斎藤さんは私に、和牛の刺身を一切れくれた。優しいお父さんに違いない。自分の父親を思い出して、休みは実家に帰ろうと決める。
食事のあとに、アイスクリームを食べ、温かいお茶を飲むまでのゆったりとした時間を過ごした。それを見ていたかのように、女将が私を呼びに来た。