蒼月の約束
第三十四話
怒りで血が煮えくり返っている。
手が、体が燃えるように熱い。
少女の背後では黒い煙が辺り一面を覆い、生命あるものを次々と飲み込んで行く。
動物たちが危険を感じ、叫び、逃げ回っている。
木々や花もどんどん萎れ、何も残らない。
ただ真っ黒な高原が出現していくばかりだ。
しかし少女の耳にはどんな音も入って来ない。
ただ血潮の音だけが耳の奥でこだましている。
「兄さん…!」
森を抜け、扉の前で倒れている兄を見つけて、ヘルガは駆け寄った。
「なぜここに…」
「会いに…ロダに…会いに…」
苦しそうにあえぐ声で兄は言った。
息をするのも大変そうだ。
「なぜ、なぜあの裏切り者を」
兄を支える手に力がこもる。
王族と結婚したのだと、あいつは裏切ったのだ、そう言いたいのに口が動かない。
「ヘルガ…」
やせ細り以前の雰囲気とがらりと変わってしまった兄が、まだ幼さが残るヘルガの頬を手で包み込んだ。
「ロダを…恨むな…」
「…何を言っ」
そう口にしない内に兄はその場で崩れ落ちた。
「兄さん!」
地面に膝をつき、ヘルガは兄を抱きかかえようとする。
「妹が出来て…俺は…幸せだったよ…」
その声は小さすぎて、か弱すぎてヘルガの耳に届くことはなかった。
「嫌だ…嫌だ、兄さん!置いていかないで!一人にしないで!」