蒼月の約束


「先ほど、バルコニーでミアさまが歌を歌われていたのを聴いてしまったのです」

エルミアの部屋に戻り、午後のお茶を前にしてリーシャは言った。

いつもティータイムの準備はリーシャがしているのだが、今日は早く話が聞きたいサーシャとナターシャがリーシャをソファーに座らせ、二人で手分けして四人分のお茶の準備をしている。

「うた?」

エルミアは、出された薄いオレンジ色のお茶を口に運んだ。
さっぱりとしたシトラスの香が口いっぱいに広がる。

「それが、どうしたの?みんなも、歌うでしょ?」

全員分のお茶と、スイーツを用意し終わったサーシャとナターシャもソファーに座った。

なぜか暗い顔をしている。


「もう何年も前から、エルフの国から音楽は消えました」リーシャが答えた。

「私たちエルフは静けさを重んじる種族です。しかし、お祝いの時には楽しい音楽や踊りを楽しんでいました。ですが…」

エルミアは目の前に座っているリーシャを見つめ、続きを待つ。

「ある時、西の国女王の手により、この国、唯一の歌姫が攫われてしまったのです。
彼女の歌声には不思議な力があると、女王は知ったのでしょう。
彼女の歌声は、人々を元気にし、病気の者さえも治癒する、とても大きな力を持っていました」


サーシャもナターシャも静かに聞いている。


「女王の能力は、心理的に病んでいくものを自分の支配下に置くというものです。
そのため、その不思議な力を持つ歌姫が邪魔だったのでしょう。
彼女は捉えられ、帰って来ることはありませんでした」


「それで…?」


「国王も、国民を守るために歌を禁止しました。
それ以来、私たちは歌をうたうことも、聴くことはありませんでした」


リーシャが口を閉じ、沈黙が流れた。


「その歌姫の名前は…?」
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