蒼月の約束
なぜか胸がどきどきする。
知ってはいけないような、不安な気持ちと強い好奇心が入り混じった複雑な感情だ。


「それが、分からないの」

ナターシャが、自分の三つ編みをいじりながら言った。

「分からない?どういうこと?唯一の歌姫だったんだよね?」

「正確には、覚えていない、と言うのでしょうか」

サーシャがエルミアを見た。

「実は、今お話したことのほとんどを覚えていないのです。
彼女に関する記憶も全くありません。
彼女が、このエルフの国に存在し、人々を治療してきたという文書は、国王が生前に書き残していたので、私たちはそれを信じているだけなのです」


紅茶のカップを受け皿に置いて、リーシャが言った。


「長い間、私たちの国から歌は消えていました。
そして、ミアさまが歌っているのを聞いて、不安な気持ちになってしまったのです。
また何かが起きるのではと…」

「大丈夫だよ」

エルミアは、まだ暗い顔をしているリーシャに言った。


「私は、その歌姫ではないし。私の歌には何の効果もないから」


「きっと、私の考え過ぎですよね」


ホッとしたような表情のリーシャにテーブル越しから微笑む。


「うん、大丈夫」






しかし、リーシャの不安が的中したと確信したのは、それから数日経ったあとのことだった。

< 54 / 316 >

この作品をシェア

pagetop