ここではないどこか
 作ってくれた料理を「うまい!うまい!」と頬張っていると、ガラスコップに入ったお酒を持った香澄さんが俺の横に着席した。
 香澄さんの雰囲気になにか言いづらいことがあったな、と直感的に気づく。ちらちらとこちらを窺う素振りを見せつつ、お酒をちびちびと飲むばかりで一向に話し始めない香澄さんを見て助け舟を出す。

「なにー?なんか言いたいことがあるだろ」

 バレてたか、とばつの悪そうな顔をした香澄さんは「うん」と頷いた後、ぽつりと言葉を落とした。

「……合コン行ってもいい?」
「…………え?合コン?」

 思ってもみなかった単語に時が止まる。香澄さんは疑問系で言ったが、尋ねるというよりは決定事項の報告のように感じた。
 俺の怪訝な表情に焦ったのか、香澄さんはつっかえながら話し始めた。

「なるほどね。つまり後輩に頼まれて断れなくてってこと?」

 なにがなるほどなのか。微塵も納得していないが、話しを聞いた俺は、なるほど、と相槌を打った。

「うん……。彼氏いるって言ってない私を、何回も熱心に誘ってくれてて……断るのも心苦しくなってきて……」

 香澄さんのことだから他意はないのだろう。それはわかっている。わかっているけれど。

「一回だけ参加して、やっぱり合コンは苦手ってなればもう誘ってこないかなって」

 浅はか。短絡的。八方美人。香澄さんの可愛くて、そして憎らしい一部だ。
 
「まぁ、いいんじゃない?」

 強がり。意地っ張り。虚栄心。俺の根本は歳を重ねても変わっていない。

 俺の隠された気持ちに香澄さんは気づかない。その証拠に話を額面通りに受け取って、安堵のため息を吐いている。
 俺だって狡い。香澄さんを失いたくなくて理解のある彼氏のふりをしているのに、鈍い香澄さんに腹を立てている。気づかれないのも当たり前だ。だって俺が隠しているのだから。

 香澄さんは鈍いのか鋭いのか。この人はどんなことをしても俺が好きでい続けると思っているのだろうか。
 まぁ、否定できないのが情けないところなんだけど。
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