ここではないどこか
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 あの日、透は俺に軽口を叩くかのように「楽園が手に入るとしたらどうする?」と聞いてきた。

「えぇ?楽園?新曲のアイディア?」

 透は昔から俺では理解に及ばないようなことを時々言う奴だった。だから今回も、また例のあれね、と流したのだ。

「違うよ」

 いつもより上機嫌な透は俺の返答を聞いて楽しそうに笑った。

「智宏はいない?どうしても手に入れたい人」
「……うーん、いないなぁ。なに?過激だね」
「じゃあ、今でも思い出してしまうような昔好きだった人は?」
「……えぇ……どうなんだろ。ってか、なんの話だよ!そういう透はいるのかよ。思い出しちゃうぐらい好きだった人」

 長い付き合いだが透と恋愛話をするのは学生以来だった。これがどうもこそばゆく俺は話を振り返した。

「いない。ずっと好きな人は忘れたことがないから。だから思い出すまでもないんだよ」

 透は考える素振りすら見せずにそう言い切った。幼馴染にそこまで想う人がいたのかと、俺は驚いて深く突っ込もうと思ったのだが、俺が話を続ける前に透が言葉を繋げた。

「楽園が手に入るかもしれないんだ」

 そう言って柔く微笑んだ透はサワーの入ったグラスに口をつけた。
 そんな透を見て、もうこれ以上話す気はないなと悟った俺は話題を変えた。
▲▼


 智宏くんの話を聞いて、心の底から嫌悪感が湧き出る。何が楽園だというのだろう。引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、あとのことはもう知らない、そちらでご勝手に、なんてことが許されてたまるか。
 怒りなんだか失望なんだか、訳の分からない感情が身体中を支配していく。白くなるほど握った拳が痛みを教えてくれた。

「だから、透たちは楽園に逃げたって?てか、楽園ってなんだよ……そんなのこの世のどこにあるんだよ」

 仁くんの冷めた声が俺の心に染みていく。

「……ちょっと待ってよ、その言い方だと、透たちはこの世じゃ生きていけないみたいじゃん」

 智宏くんが仁くんを咎めた。

「そんな風に思ってるわけじゃねえよ。ただ、悲しいんだよ。もし本当に何も言わずに俺たちの前から消えたってんなら、こんなに悲しいことはないだろ」
 
 仁くんは俯きながら「悲しいんだ」とぽつりとこぼす。智宏くんが仁くんの肩を抱きなが「……そうだね。俺も悲しいよ」と繰り返した。

 そうして俺も気づく。そうか、俺も悲しかったのか。俺では無理だと、俺の存在では支えにならないと、香澄さんにも透くんにもまざまざと突きつけられたようで。俺は悲しかったんだな。

「……俺、わかる。2人がいるところ。透くんが言う"楽園"がどこにあるのか」

 俺の本心に触れたとき、俺はやっと自分自身を救ってやれる気がした。
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