ここではないどこか
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扉を開けると、部屋中の視線が一斉に俺を捉えた。ごくり、と喉が鳴る。
「透、こっちに来なさい」
そう言ったのは透くんのお父さんだ。心なしか震えた声に心臓がどきりとした。
歩みを進めた俺に透くんの姿が映った。
大きな窓枠に足をかけた透くんがこちらを振り返っている。その姿を見て肌が粟立つ。その姿はまるで……。
透くんは俺の姿を捉えてにこりと笑った。なんの笑みなのだろうか。透くんの無機質な見た目と相まってなんの感情も読み取れなかった。
「瑞樹くん」
香澄さんの俺を呼ぶ声がここは現実なんだと教えてくれる。
透くん、ここからどこに行けるというのか。どこに飛び立つというのか。教えてほしい。
俺はさらに歩みを進めた。透くんはもう俺を見てはいなかった。
「かすみ、ずっと一緒だ、いこう」
透くんの迷いない透き通った声が響いた。
透くんは指先まで美しい。関節の目立たないすらりとした指を香澄さんに伸ばして透くんは幸せそうに笑った。
あ、だめだ。そっちに香澄さんを連れて行かないで……!
「香澄さん!戻って来て!俺と、俺と一緒に生きよう!」
咄嗟に出た俺の言葉に香澄さんが振り向く。
たしかに微笑んだ。香澄さんは悲しそうな瞳を携えて幸せそうに微笑んだのだ。
しかし俺が手を伸ばしたときにはもうこちらを見てはいなかった。
香澄さんは透へと手を伸ばす。香澄さんの母親が縋るように香澄さんの腕を引いた。
「お母さん、ありがとう。お父さん、ありがとう」
そう言った香澄さんは俺が今まで見たどの香澄さんよりも美しかった。
それは覚悟だ。透くんを信じる覚悟。一生添い遂げる覚悟。ここではないどこかへ飛び立つ覚悟。
するりと腕が抜けた。
それを捉えた透くんは慈愛に満ちた瞳を向ける。幸せだけだった。そこには幸せしかなかったのだ。
「ずっと一緒だ、愛してる」
「とおるっ!!」
「待ちなさい、香澄!」
「透、やめるんだ!」
「やめろーーーーっ!」
扉を開けると、部屋中の視線が一斉に俺を捉えた。ごくり、と喉が鳴る。
「透、こっちに来なさい」
そう言ったのは透くんのお父さんだ。心なしか震えた声に心臓がどきりとした。
歩みを進めた俺に透くんの姿が映った。
大きな窓枠に足をかけた透くんがこちらを振り返っている。その姿を見て肌が粟立つ。その姿はまるで……。
透くんは俺の姿を捉えてにこりと笑った。なんの笑みなのだろうか。透くんの無機質な見た目と相まってなんの感情も読み取れなかった。
「瑞樹くん」
香澄さんの俺を呼ぶ声がここは現実なんだと教えてくれる。
透くん、ここからどこに行けるというのか。どこに飛び立つというのか。教えてほしい。
俺はさらに歩みを進めた。透くんはもう俺を見てはいなかった。
「かすみ、ずっと一緒だ、いこう」
透くんの迷いない透き通った声が響いた。
透くんは指先まで美しい。関節の目立たないすらりとした指を香澄さんに伸ばして透くんは幸せそうに笑った。
あ、だめだ。そっちに香澄さんを連れて行かないで……!
「香澄さん!戻って来て!俺と、俺と一緒に生きよう!」
咄嗟に出た俺の言葉に香澄さんが振り向く。
たしかに微笑んだ。香澄さんは悲しそうな瞳を携えて幸せそうに微笑んだのだ。
しかし俺が手を伸ばしたときにはもうこちらを見てはいなかった。
香澄さんは透へと手を伸ばす。香澄さんの母親が縋るように香澄さんの腕を引いた。
「お母さん、ありがとう。お父さん、ありがとう」
そう言った香澄さんは俺が今まで見たどの香澄さんよりも美しかった。
それは覚悟だ。透くんを信じる覚悟。一生添い遂げる覚悟。ここではないどこかへ飛び立つ覚悟。
するりと腕が抜けた。
それを捉えた透くんは慈愛に満ちた瞳を向ける。幸せだけだった。そこには幸せしかなかったのだ。
「ずっと一緒だ、愛してる」
「とおるっ!!」
「待ちなさい、香澄!」
「透、やめるんだ!」
「やめろーーーーっ!」