冷徹な恋愛小説家はウブな新妻を溺愛する。
「…家さ入れ」
男の人はそう言うなりくるりと踵(きびす)を返して自宅に入った。
仁さんとわたしは顔を見合わせて頷き合うと、緊張しながらも男性の後を追った。
玄関まで来ると男性の姿がハッキリと見えて、ご両親やまり子さんよりも歳を重ねている感じだった。
「まり子ぉ!客が来てるぞー!」
男性は家には上がらず玄関でまり子さんを呼ぶ。
30秒ぐらい待っただろうか。奥の方からパタパタと足音が聞こえ、そして姿を現したのは紛れもないーー、
「っ、坊ちゃま!?千聖ちゃんまで…!」
まり子さん、だった。
「まり子さんっ…!」
姿を見るなり安心感と愛おしさが涙となって溢れ出す。
「千聖ちゃんっ」
まり子さんも声を震わせてわたしの元に駆け寄って来てくれた。
「…坊ちゃま、」
「オヤジから全て聞いたうえで、迎えに来たんだ。…母さん」
「っっ、」
母さん。
仁さんのその一言を聞き、まり子さんの瞳からもボロボロと涙が落ちる。
「…、立ち話もなんだ。上がれ」
男性がわたし達に家に上がるよう促し、そのまま客間に通された。
わたしと仁さんが横に並んで座り、ちゃぶ台を挟んでまり子さんとお茶のペットボトルとコップを持ってきた男性も続けて腰を下ろした。
「…まり子さん。帰ってきてください。お願いします。わたしには、わたし達にはまり子さんが必要なんです」
「…千聖ちゃん。でも、」
「私からもお願いする。まり子さんが実の母だろうがそうでなかろうが、私達にとってはまり子さんはもう家族なんだ」
「…坊ちゃま」
わたし達はひたすら戻ってきてくれるようにお願いをした。
けれどーー、
「坊ちゃまの実の母だと知られた以上、余計帰るわけにはいきません」
まり子さんの決意は揺るがなかった。