きみは溶けて、ここにいて【完】
1. 彼の頼みごと



 教室には見えない円がたくさんあって、波紋のように互いに影響を及ぼしている。私、保志 文子はそう思う。

特に、一番大きな円、いわば、クラスで一番の影響力をもつ集団を、皆、どんな時も、こっそりと気にしている。その中心で、森田 陽は、いつも笑っていた。



 春うららかな四月の終わり。

高校二年生になり、クラスが変わった。一年生の時に同じクラスだった人ももちろんいるけれど、見慣れない顔ぶれにまだ少し緊張してしまう。

それでも、一か月ほどが経てば、教室では、異なる半径をもつ円がたくさん作られ、皆、自分のふさわしい居場所のようなものを理解する。



 すでに、森田君は、クラスの人気者で、彼の周りにはいつもたくさんの人がいた。話したことは、未だにないし、きっとこれからも話す機会なんて、ないと思っていた。今まで、彼と話したいと思ったことも、私はなかった。



 それなのに、どうしてだろう。


 机の下で、こっそりと、長方形のメモを確認して、小さく溜息をつく。それから、ちら、と森田君の方へ視線を向けた。彼は、私の方なんて一切見ることなく、誰かの発言に破願する。

いつもなら、皆を惹きつける彼のことを、ほんの少し羨ましいと思うだけだ。だけど、今日は、それだけじゃなくて、注意深く彼の声に耳をすませ、視線を向けてしまう。



 朝、下駄箱に入っていた一枚のメモのせいだ。


もう一度、目を伏せて、メモに書かれた文字を追う。


『放課後、話したいことがあります。中庭の花壇のところで待っていてくれませんか? 保志さん、よろしく。 森田 陽』

―――確かに、そこにはそう書いてあるのだ。


もしかして、悪質な罰ゲームなんじゃないか、と思ってしまう。はあ、と、また溜息をついたら、「文子ちゃん?」と、名前を呼ばれ、ハッとした。



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