きみは溶けて、ここにいて【完】





何にも返せなかった。伝えたかった。

あなたが、好きなのだと。あなたが、必要なのだと。あなたは、弱さなんかじゃないと。出会ってくれて、前を向かせてくれて、ありがとうって、私、影君に、伝えたかった。



「っ、ぅ、……っ、言いた、かった、の、ありがとう、って、」



 雨に濡れていく。

恰好なんて、何にも気にせずに、しゃがんだまま、しばらくずっと、泣いていることしかできなかった。




 そのときだった。


 雨音に衣擦れの音が混じる。

目の前の人が、しゃがみこんだかと思ったら、次の瞬間には、ぎゅっと、引き寄せられていた。



 温もりに、包まれる。

耳元で、「……影は、嬉しかったんだ」と優しい声がする。私は、耐え切れず、目蓋を、閉じた。



「自分が、いて、いいんだと思えた、から。嬉しかった、と思う。……保志、さんと仲良くなって、幸せだったと思う。だから、……思い出に、してあげてほしい。保志さんにとってもそのほうがきっといいから。影は、それを、望んでいると思う。泣かないで、欲しい、と思う。全部、伝わってると思う。保志さんが、幸せになってくれれば、それでいいんだ」


 泣き声だ。だけど、それは、どこまでも、穏やかなものだった。もうすでに、森田君は影君との別れを受け入れているのかと思った。


 頭をそっと撫でられる。涙は、止まらない。

ゆっくりと瞼を押し上げて、顔をあげたら、森田君の濡れた瞳に向日葵と私が映っていた。



 光の、真ん中に、いるみたい、だった。



「ありがとう」



 そして、彼は、そう言って、笑った。




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