きみは溶けて、ここにいて【完】




 慌てて、否定をして、へらりと笑う。



「……久美ちゃんは、大丈夫?」

「私は、酔わないから平気だよ。てか、後ろうるさいね。はしゃぎすぎ」

「……元気だね」



 私と久美ちゃんは前のほうに座っている。


確かに、高校を出発したときからずっと、後ろの方は騒がしかった。いつも教室にある一番影響力のある円がそのままバスの後部座席に移っただけのことだ。



 はしゃぐ声が絶え間なく聞こえている。

久美ちゃんが後ろを見たから、私も背もたれの隙間から、気づかれないようにそっと後ろを窺うと、一番後ろの席の真ん中にはやっぱり森田君がいて、ちょうど、誰かの発言に笑いながら言葉を返していた。



 今日も今日とて、森田君はみんなの中心で、何一つ不自由をもたずに、幸せそうにしているように私には見える。



 森のなか、宿泊予定のの宿舎の前でバスが止まる。

ほんの少し酔いかけていたけど、バスの外に出れば新鮮な空気に包まれて、すぐに気にならなくなった。



 到着してすぐに、宿舎の近くの広場で、それぞれに昼食をとることになった。

久美ちゃんと二人、広場の隅に場所をとって、お昼ご飯を広げる。


森は、開放的な空間だ。私はなんだか教室よりもこの場所に居心地の良さを感じていた。

たぶん、自分が誰かに見られているという恥ずべき自意識が、広い場所では僅かに薄れるからだと思う。



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