Diary ~あなたに会いたい~
 手の平からひんやりとした床の感触が伝わ
り、熱くなった頭を冷やしていく。それでも、
視界は歪んだままで、息が苦しかった。

 あまりにも、たくさんの想いが一度に押し
寄せて、心の中を、散らかして、散らかして。
 もう、胸が張り裂けてしまいそうだ。

 「おい、大丈夫か?」

 倒れた椅子を起こしながら、永倉恭介が僕に
声をかける。父親がシャツの襟をしわくちゃに
したまま、僕の傍らに膝をついた。

 「あなたには本当に、申し訳ないことを……」

 苦渋の色を浮かべながら、父親が僕を見る。



------謝って、欲しいわけじゃない。



 そう思うのに、また、父親が口を開きかけた
ので、僕は「すみません」と、言葉を遮った。

 「僕、帰ります」

 父親が手を差し伸べたがその手は取らずに、
のそりと身体を起こすと、僕は頭を下げた。

 泪が零れ落ちる前に、顔を背ける。
 足早にラウンジを出てクリニックを飛び出す
と、空から冷たい雨が頬に落ちた。




-----弓月の心は、ひとつじゃなかった。




 残酷な真実が心を刺してゆく。




-----弓月は、僕だけのものじゃなかった。




 大粒の雨に濡れながら、僕は漏れてしまいそう
になる嗚咽を、必死に堪えて歩いていた。

 いつか、こういう日がくることを、僕が真実
を知るときがくることを、弓月は恐れていたの
だろうか?

 真実を隠したまま、ずっと恋人でいられるわけ
がないと、わかっていたのだろうか?

 僕たちの恋に、永遠なんてないと知りながら
ずっと、笑っていたのだろうか?

 「結婚、できないのか……」

 ぼそりと呟いて、僕は立ち止まった。



----弓月は、僕だけのものじゃない。



 少なくとも、この病気が治らなければ、
“ゆづる”の人格が消えなければ、僕たちは
結婚なんかできない。

 ゆづるの恋人は、あの男なのだから……

 不意に、永倉恭介の隣で笑う弓月の姿が
脳裏に浮かんだ。泪が、溢れて止まらない。

 雨が、降ってくれてよかった。

 僕は泪を雨で隠しながら、見慣れぬ道を
歩き始めた。
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