離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
 愚かだ。彼女に憎まれようが、嫌われようが、これまではどうでもいいと思っていたくせに、今さらそんなことが気になり始める。
 花音は涙を隠すように立ち上がると、早口で今後のことを伝えてその場を立ち去ろうとする。
 ダメだ。まだ話していないことが、たくさんある気がする。
 そう思い、咄嗟に彼女の腕を掴んで引き止めていた。
 その瞬間、急に花音の様子がおかしくなり、彼女はその場に口を押さえてうずくまる。
 もしかして、離婚のことを考えかなり心労が重なっていたのかと心配したが、俺はひとつ疑問を抱いた。
 そういえば最近、やけにトイレにこもっていたし、さっきだって食事もあまりとっていなかった。しかも、お酒は一滴も飲んでいない。
 ――もしかして、妊娠しているのか。
 まさか、あの義務的なたった一夜で……?
「花音、お前まさか……」
「さようなら。戻ってきたら、離婚届は必ず提出してください。受理通知で確認させて頂きます」
 俺の予想を遮り確認する時間も与えず、花音はお店を後にしてしまった。
 取り残された俺は、ただ茫然と花音が置いていった部屋の合鍵を見つめるしかない。
「椿の花だろ。覚えてるよ……」
 ひとりになってようやく出てきた言葉は、もうすでに遅い“回答”だ。
 素直に覚えていると言えばよかったものを、変な情が生まれることを恐れ避けた結末がこれだ。

 その後、俺は花音に電話もメールも拒否され、何も本人に確かめるすべもなく、シアトルへ発つことになった。
 海外で仕事をする一年半、俺は常に頭の中に花音の泣き顔が離れないまま、日々を過ごすことになるのだった。

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