離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
 突然現れたその人物を見て、私も慶介さんもその場に凍り付く。
「随分勝手なことを言ってるな、俺がいない間に」
 冷たい声でそう言い放ったのは、一年半ぶりに会った我が夫――黎人さんだった。
 シンプルなダークグレーのスーツを着ているだけなのに、彼はこの場の空気を一瞬で変えてしまうほどの高貴なオーラを放っている。背が高いのもあり、上から見下ろされると威圧感が凄まじく、顔が整いすぎているせいで真顔がとてつもなく冷たく感じる。
 どうして、帰国はまだ先のはずでは……。
 黎人さんを見た慶介さんは一気に顔を青ざめさせ、すぐに私から離れ、「なぜここに」と慌てふためいている。
 驚く私たちを置き去りに、黎人さんは見積書と折れた花を見て数秒黙り込み、目の前で慶介さんが持参した提案書を破り捨てた。
 紙の破片がハラハラと目の前を舞い、畳の上に積もっていく。
 慶介さんはカタカタと震えだし、土下座の体勢になった。年齢は黎人さんの方が若いはずなのに、こんなにも力関係が違うとは……。改めて黎人さんの地位の高さが恐ろしくなる。
「なんだこの非現実的な内容は。権力を勘違いしている奴はいつ消えてくれても構わない」
「い、いえこの企画書はあくまでたたきの段階で……!」
「バカと話している暇はない。お前はここの担当と役職を外れろ。それから……」
 黎人さんは慶介さんの腕を捻り上げ、さらに冷徹な声で忠告する。
「今度俺の妻に触れたら、お前は三鷹財閥から除名だ」
「ひっ……、申し訳ございませんでした!」
「不快だ。紙屑を拾って出ていけ」
 黎人さんの言葉通り、慶介さんは破れた資料をかき集めて速足で応接室から出ていった。その後ろ姿はとても情けなく見え、同情の気持ちすら沸いてくるほどだった。
「どうして……」
 思わず言葉が漏れる。
 来週帰国予定のはずなのにどうしてここにいるのか。
 うちの仕事のために、どうしてそこまで本気で怒ってくれたのか。
 仕事のことだけではなく、どうして私に触れたことまで咎めてくれたのか。
 いくつもの疑問が頭に浮かぶけれど、どれから聞いたらいいのかが分からない。
「お、お戻りは、来週の予定とお聞きしてましたが……」
 ようやく出た言葉は、少しだけ震えていた。
 黎人さんのあまりの威厳に、時が止まって見える。
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