離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
「セ、セーフ……。あーあ、おてて拭くからちょっと待ってね」
 小鞠を座布団の上に座らせて、ほんの少し先にあったウェットティッシュを取りに行く。
 しかし、ティッシュが取り出し口の奥に入り込んでしまい、出すまでに苦闘した。
 朝からこういった地味なストレスには心が折れてしまいそうになる。
「やっと取れた! 小鞠、手見せて――って、え!」
 やっとの思いで後ろを振り向くと、小鞠はよちよち歩きで部屋から脱走していた。
 う、嘘だ……。何の音もしなかったのに……。
 焦って小鞠を回収しに廊下に出ると、信じられないことに、玄関にいた父の来客のひざ元に乗っかろうとしていた。
「うちの娘が申し訳ございません!」
「花音……」
「え……」
 ――必死の思いで小鞠を抱き上げ謝ると、まさかのその相手は黎人さんだった。
 資料がすでに端に寄せられていたので、どうやら仕事の話のついでに、朝のお茶に付き合わされていたようだ。
 白髪の父親は、普段の家元としての威厳はどこへやら、にこにこしながら「小鞠ちゃんは今日も元気だなあ」と、笑っている。
 小鞠はするりと私の腕を抜けて父親の方へ向かうと、びたんといきなり小さな手でビンタを食らわせていた。そんな小鞠の凶暴さなんか気にもせず、父親はでれでれとしている。
「花音。黎人君も帰ってきたことだし、あのマンションで暮らすのを再開したらどうだ」
「え……!? そんな話してたの?」
「黎人君も小鞠と会えなかった時間を埋めたいだろうしなあ。まあ、母さんがいる実家の方が色々と安心なのは分かるが」
 冗談じゃない。離婚予定の相手とまた同棲を開始するなんて。
 そんな顔で父親を睨みつけていたが、黎人さんは隣でいたって平然としている。
「小鞠と家元を離してしまうのは心苦しいですが……」
「寂しいのは事実だが、いいんだよ。いつでも会える距離だしね」
「ありがとうございます」
 めちゃくちゃ猫をかぶっている黎人さんを、今度はぎんっと睨みつけた。
 ここで同棲開始をOKなんてしたら、ますます離婚の話を両親に切り出しづらくなる……。どうにか話を逸らしたい。
 しかし、そんな私の気持ちなんて全く知らずに、父親はさらにとんでもないことを提案してきた。
「今日はこのままうちに泊まっていったらどうだ。黎人君も明日は休みだろう」
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