離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
 ふつふつと黒い感情と戦っていると、突如そんな言葉をぽんと投げかけられた。
 私は予想もしていなかった言葉に、怒りの矛先を見失い、力のないお礼を伝える。
「あ、ありがとうございます……」
「代理だったのに、よく対応できたな。やはり葉山家の仕事ぶりは信頼できる」
 どうしよう。唐突に素直な感想を述べられ戸惑ったけれど、それ以上に嬉しい気持ちが勝ってしまう……。
 彼に仕事のことを褒められることが、こんなにも胸を高ぶらせるだなんて。
 冷静でいなければと思いつつも、気持ちを抑えきれずに、私は思わず黎人さんの浴衣を掴んでしまった。
「ほ、本当ですか……!」
 思わず素を出して喜んだ。黎人さんは、そんな私の反応に驚き目を見開いている。
 お免状を取ってから、あんなに大きな仕事をしたのは初めてだったから、じつは不安でいっぱいだったのだ。
 創作には答えがない。だからこそ、見た人の感想がとても大切で……。
「ホテルのコンセプトが“静閑な隠れ家”だと聞いて、落ち着き、静けさ、押しつけがましくない高級感、その三つを取り入れようとイメージしたんです。神楽坂の街の雰囲気から繋がりも感じられるように……!」
 あまりの嬉しさに語ってしまった私は、ハッとして自分の口元を片手で塞いだ。
 黎人さんは私を見たまま、すっかり押し黙ってしまっている。
 まずい。はしゃぎすぎた。彼の前でこんなテンションになるなんておかしい。
 離婚する相手に褒められて、どうしてこんなに喜んでしまったんだろう。
 私はすぐに自分の行動を恥じて、「すみません」と言って目を逸らした。
 しかし、強引に顎を上向かされ、景色がぐるっと変わる。
「え……?」
「花音」
 名前を艶っぽく呼ばれたかと思うと、その直後に、熱い唇が重ねられた。
 大きな手で腰を抱きかかえられ、どんなに逃げようとしても、体を離せない。
「んっ……、いやっ……」
 ――クラクラする。熱に溺れそうになる。
 自分のことを裏切った相手にキスをされて、屈辱的なはずなのに、どうして全身が熱くなるんだろう。
 そんな自分が嫌で、何も認めたくなくて、私は彼の唇を思い切り嚙んだ。
「はっ、はあ……なんで……」
 ようやく離れた唇。
 こっちは息を整えることに必死なのに、黎人さんは血を指で拭いながら、眉をぴくりとも動かさない。
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